EP20-3 不穏の空
諦観の台詞とは裏腹な企みじみた顔をしたアマラの前で、ガァラムは彼女に促されるまま片膝を突くように身を低くした。すると彼女は徐に両手を伸ばし、彼の頭蓋を包むように手を当てる。
「……?」とガァラム。
しかし間もなくその頭の奥に、口を動かさぬアマラの声が、
(聴こえるか?)
ガァラムはその声に無言で頷く。
(見たとこ監視されてる様子はねえが、普通の会話は壁に聴かれる。だから声は出すな)
元素デバイス製の壁面は、外見上ただの壁であっても、室温や湿度や照度とともに、そこで発生する音波をも検知している。つまりデバイスへの高位アクセス権限を持つ者ならば、彼らの会話を盗聴することなど容易なことであった。
故にアマラは、手から発した微細な振動をガァラムの頭蓋骨に直接伝えることで、骨伝導による会話を試みたのである。言わずもがなこれは、体内に元素デバイスを持つ彼女ならではの裏技であった。
(お前が話す時は口だけ動かせ。唇を読む)
(――解った)という返事を、唇の動きだけで伝えるガァラム。
(よし――。聴いた話はどうやらマジだ。確証はねえが、局長も
(連絡を取れるのか?)
(いや。だがさっきクロエの場所を訊いた時、サリィは『答えられない』と言った。つまりここには居ねえってことだ。それなら恐らくローマ教国――上手くすりゃメベドの本体と会ってるはずだ)
(ならばまずはリアム達か)
(ああ、アイツらを探す。少なくとも
(何故そう言い切れる? 彼奴らは何故我らを拘束するだけで殺さない?)
(殺さないんじゃなくて殺せないんだよ。インテレイドってのは、シナプスや自律神経の基礎部分に『人間に危害を加えない』って原理が、構造として備わってる。さっきの銃もNIG――神経阻害銃っていう、数十秒動けなくするだけの非殺傷兵器さ)
(なるほど……。だがどうやってここから抜け出すつもりだ? この拘束衣も容易に脱ぐことは能わんだろう。それに源世界における我らは単なる人間に過ぎぬ。仮にここを出たとしても、数万のインテレイドが敵とあらば、リアムらを探すどころか自衛すらままならんぞ)
言うまでもなくインテレイドの身体能力は人間の比ではない。有機タイプとは云えその肉体は元素デバイス製であり、構造は人間と同じでも筋繊維や骨格の強度は段違いで、まともに戦えば屈強な軍人や格闘家が数人がかりであっても、サリィ一人を倒すことすらままならないであろう。
しかしそれを承知の上で、アマラは不敵に八重歯を見せた。
(大丈夫だ。俺の推測が正しけりゃなんとかなる。っていうか、なんとかしなきゃ終わりだしな)
***
――アマラとガァラムが拘束される少し前。
HFー5『
鳴り止まぬ雷を纏った、ドロドロとした黒雲がひしめく空。稲光の度に禍々しいシルエットを現す巨城は、この世界最強を誇る魔術士にして魔王、そして転生者でもあるジーグレス・カザルウォードの棲家である。
その城の主塔と思しき建物の窓から、突如サーチライトの如き閃光が溢れ出すと同時に、雷鳴にも負けぬ轟音とともに壁が吹き飛ぶ――爆炎と噴煙の尾を引いて、二つの人影が塔から飛び出す。
両者は数百メートル下の枯れた大地に降り立ち、距離を置いて対峙した。
(くっそ……順風満帆な俺のマッタリ
影の正体の一人はこの城の主、魔王カザルウォード。――羊の様な渦巻いた角を持つ、凛々しい顔の若い男性。身体から赤黒いオーラを放ち、鈍い黒色の全身鎧に濃紺の分厚いマントという装いは、いかにも判り易い『最強』を演出している。しかしその表情には困惑と焦りがあった。
一方、彼と向かい合う相手――第三等規制官マナ・珠・パンドラは、顔色ひとつ変えることもない。
「いイ加減に白状したらどうでスか、転生者サン」
と言いつつ、華奢な右腕を黒いスーツの袖とともにガチャガチャと変形させて、巨大な
「はぁ?! ――何だよそのスキルっ!?」
カザルウォードは咄嗟に右拳を前に突き出し、その指に嵌められた
「
彼の叫びに呼応して生じる青白い半透明の壁。そこへマナのレールガンから放たれた超高速の弾丸がぶつかる――弾は激しい衝撃波を散らして弾き飛ばされるが、しかし魔法の壁もまた同時に砕け散った。
「絶対防壁が一撃で相殺ッ?! ――クソっ!」
カザルウォードは何も無い空間に手を突っ込み、そこから杖を引き出した。悍ましい単眼の蛇が巻き付いたその金属の杖は、この亜世界で最も恐るべき力を持つ無双の武器。
彼は正面に立てた杖の柄尻で、ガツンと地面を打つ。
「魔王ジーグレス・カザルウォードの名において滅亡の杖に命じる! 無限の魔力、万物を統べる理を以て、光明と深淵を無へと誘え!」
すると杖の蛇が赤い瞳をカッと見開いた。
「――
杖の瞳からマナへと向かって放たれる、漆黒の光芒。
「っ!?」
それが強力なアルテントロピーを伴った攻撃であると瞬時に悟ったマナは、間一髪身を反らして躱す。――黒い光は彼女の展開した『
「やりまスね。なら、こちらも本気を――」
と言ったところで、OLSを通したリアムの声。
[もういい、マナ。どうやら彼は違うようだ]
その言葉に動きを止めるマナ。しかし
「なッ?!」と目を剥くカザルウォードの眼前で、
(なんだコイツ?!)とカザルウォード。
その驚愕の眼差しも笑顔で受け止めたリアムは、カザルウォードの肩に軽く手を置いて言った。
「すまなかったね。どうやら我々の勘違いだったようだ。――ミリア、彼の城を修復してあげておいてくれ」
すると突如地面に拡がった影の中から、暗赤色の長い髪の女性――規制官のスーツを着た妖艶なる美女、吸血鬼ミリアが出現した。
「承知致しましたわ、リアム様」
呆然とする魔王カザルウォードに目もくれず、IPFによって崩れた城を元通りにしていくミリア。
「……なんなんだよ……お前らは……」
リアムはその横で、轟きを休めることを知らぬ雷雲を見上げた。
(ここにもファントムオーダーはいないか。しかし嫌な予感がする……。源世界でもう少し情報を精査したほうが良さそうだな)
その憂慮と漠然とした不安を顕すように、いつもは悠々としている彼の顔には険しさが浮かんでいた。
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