EP3-6 自己紹介

「では次はー、鑑くん! ……その包帯の理由に関しては今回は不問ですけどぉ、次はどうなっても知りませんよー?」


 その話題に触れてくれるな、といった表情で不機嫌そうに小さく舌打ちをするマナト。その顔の半分近くを覆う包帯は、彼が今朝方、学園最強の神堂クレトに挑んだ無謀な喧嘩の結果である。

 彼は仕方無しに立ち上がり、冷めた口調でサラリと言った。


「――鑑マナト。特技は無し。以上」


 所要時間3秒。起立からそのまま流れる動作で着席したマナトにリコが困惑する。


「ええぇー……。ちょ、ちょっと鑑くん。もう少しちゃんとしてください。君も顕現名帯者ネームドなんですからぁ」


 マナトは猫背になって机に顎を乗せたまま気怠そうにダラリと手を挙げる。


「……殊能は反射でーす。以上」


「まったくもぉ……(なんてやる気の無い子なの)――えー鑑くんの殊能はー、稀少な作用系の殊能の中でも特に珍しいと謂われる、力の反射に特化した『アイギスの盾』です。それは接触した瞬間にベクトルを反転させる鏡! 反射対象の種類や大きさ、威力の強さすら問わないというところが顕現名足る所以ゆえんですねー! では次は――」


 とそのような流れで次々と残りの四人も自己紹介をしていった。

 まゆずみリン。風見かざみトウヤ。三城島みきしまチトセ。飛鳥あすかヒロ――。しかし正直ユウにはその全員の顔と名前、そして殊能までを一度に覚えることは出来なかった。そして彼らの紹介が済むと「では最後にぃ」と笑顔のリコ。


「――白峰しらみねくん!」


「………………」


「おぉーい、白峰くーん?」


「(あ、僕か)――は、はい!」


 指されたユウが返事をして立ち上がると、彼が紹介を始める前にリコが口を開いた。


「彼の名誉のために言っておきますとぉー。成績順とは言いましたけど、白峰くんはご家庭の事情でこのネスト第一に編入ということになったので、別に最下位ドベってことではないですからねー? そして彼の実力は……ふっふっふ……」


 不敵な笑みを浮かべるリコは、両手を腰に当てて胸を張る。


「先生ものです!」


 そこは誇れるところではないのでは、という皆の心境を差し置いて、リコは一人盛大な拍手をユウに贈った。


「というわけでぇ、その辺も含めて自己紹介お願いしまぁーす」


 クロエから『潜入捜査である』と聞かされていたユウはなるべく目立たないようにと心掛けていた為、このような皆に期待を抱かせるようなリコの提言は極めて迷惑なものであった。しかしここでそれを拒否する訳にもいかず、ユウは皆に注目される中、仕方なくおずおずと自己紹介を始めた。


「あのっ……し、白峰ユウといいます。特技は……えっと、道場とかでちゃんと習ったわけではないんですけど、僕も剣術は少しできる――かな? 一対一での勝負っていうのはあんまりしたことないので、試合とかは多分、その、全然ダメかもしれませんけど……」


 人前で話すという行為であれば、戦場で幾度となく大勢の兵士達を鼓舞してきた勇者ユウである。しかしこと学校の教室こういった場所での自己紹介となると、彼の中の勇者はすっかりを潜め、ユウは単なる引っ込み思案の少年でしかなかった。そして緊張しながら話すユウが意図せず洩らした台詞に、真面目な顔で聴いていたアヤメが早速「質問よろしいですか?」と挙手をした。彼女はユウの口ぶりが気に掛かったのである。


 その質問を「不動さんどーぞ」とリコが許可した。


「今白峰さんが仰った一対一での闘い不慣れというのは、つまり一対多、もしくは複数対複数の闘いであれば得意ということでしょうか?」


「そ、そうですね。一対多そっちのほうが経験はあるかな……?」


 それまでの他の生徒の紹介の途中で質問が飛ぶことなどなかったので、ユウは若干たじろぎつつも、とにかく話を早く終わらせようと正直に答えた――が。


「(……ふぅん)……何人ぐらいを相手にできるんでしょうか?」と、アヤメ。


「ええっと――(なんかイヤな予感が……まずかったかな)」


 彼女の予想外の食いつきにユウは内心焦りを隠せなかった。どうやらこれは正直に答えない方が良かったかも知れない、と悔やみつつも。


(まさか戦争してましたなんて流石に言えないよな……。でも一人での戦闘なら――)


 ユウの記憶では、彼が剣と魔法の世界アーマンティルの戦場において、たった一人で相手にした人数――正確にはモンスターの数であったが、それは最も多かった時でおよそ2000匹程度である。ゴブリンやオークを何人という数え方をしてよいものか、オーク10匹の戦力に相当するトロールも一人として換算するのか、などとも考えたが、結局のところ『かなり少な目に見積もっておけばいいだろう』というのが彼の結論であった。


(この世界の基準が良く解らないけど……10分の1ぐらいにしておけば大丈夫かな?)


 しかしそんないい加減な見積りで出した数字こたえは、アヤメの度肝を抜く回答となった。


「えっと、200人ぐらいなら、まあなんとか」


「に――?!!?」


 アヤメだけでなく、その場の全員が目を丸くして固まった。担任のリコですら耳を疑い、つい反射的に訊き返してしまった。


「あ、あの白峰くん……? それはということ? それとも何日かの日程に分けて、とかかな? ――ああ! 殊能を使ってということですね?」


「へ? あ、いえ、一度にまとめてです。魔……殊能はあんまり使わなかったかな。(2000匹相手だと)流石に時間は結構かかってしまいますけど」


「そんな――」ことが出来るはずがない、とアヤメが言おうとした瞬間。隅の席で黙って聞いていたホノカが憤った声で代弁した。


「そんなの、できるわけないでしょ?!」


 アヤメと同じく剣の道を志すホノカにとって、ユウの話は剣を小馬鹿にしたような法螺ほらにしか聞こえなかったのである。


「200人と同時に闘う?! 殊能も無しで? 馬鹿げてるわ、ふざけないでよ!」


 ホノカはそれきりプイっと他所を向いてしまった。対角の隅の机で頬杖を突いていたマナトは、その紅い後頭部を目を細めて見つめながら内心呟く。


っわ……やっぱあの女と関わるのはやめとこう……)


 そして当のユウはと云えば、途方も無く気不味い雰囲気に包まれた教室の真ん中で、困り果てて沈黙した。


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