EP3-5 1年Aクラス

 ユウが「よし」と気合を入れて教室に入ろうとした瞬間――中から少年少女の叫び声がシンクロして聴こえた。


「「あーっ!!?」」


 何事かとユウが教室を覗くと、顔半分を包帯で覆った少年と紅いロングヘアーの少女が、お互いを指差して何やら騒ぎ立てていた。それはマナトとホノカの二度目の顔合わせ残念な邂逅の瞬間であった。


「アンタは今朝の……ムッツリ妖怪!」と、口角が引き攣るホノカ。


「お前はさっきの――っておい。ちょっと待……」と、焦るマナト。


「なんでアンタがこのクラスにぃ――」


 ホノカが折角の可愛い顔を怒りで真っ赤にしながら、両手で椅子を持ち上げる。


「――いるのよっ!」


 椅子それを全力でマナトに投げ付けると、マナトが『アイギスの盾反射の殊能』でまたも咄嗟に跳ね返す。そしてユウが教室に入るなり、その椅子が凄い勢いで飛んできた。


「おっと?」としかしユウは、緩やかなキャッチボールの球を受けるかの如く難なく椅子の脚を片手で掴んで、ピタリと止めた。剣と魔法の世界アーマンティル巨人鬼トロールが投げてくる巨岩に比べれば、そんな椅子など彼にとっては文字通り子供の遊びキャッチボールと変わりなかった。

 とは云え入学早々顔面に椅子を投げつけられるとは思いもよらなかったユウは、困り顔でマナト達に目をやる。


(殊能者って皆こんなに乱暴なのかな……?)


 すると慌てたホノカが申し訳無さそうに駆け寄ってきて謝罪した。


「ごめーん! 大丈夫?」


「え? あ、うん」


「良かったー……。怪我は――って、無いに決まってるわよね。Aランクこの教室に来る人が、椅子なんかで怪我する訳ないし。っていうか余裕でキャッチしてたしね?」


 ホノカは振り向いてマナトを見やると、彼を怒鳴り付つけた。


「ほらアンタも謝んなさいよっ! 変態ボサ男! 大体アンタがやったことなのに、何で私が謝ってんのよ!?」


 マナトも負けじと返す。


「いやいや、お前が投げたやったんじゃねーか! 俺は理不尽な暴力から自分の身を守っただけだろ! それと都度悪口を更新するんじゃねえ!」


 二人のやり取りのテンポの良さに、ユウが「あの、えーっと……」と苦笑いしながら訊いた。


「――痴話喧嘩?」


「「違う!」わよ!」と、マナトとホノカはまた重ねて叫んだ。


 そこへタブレット型のPCを小脇に抱えた教師が、警鐘の様に手を叩いて入ってきた。


「はいはいはい、何騒いでるんですかぁー?」


 担任の教師はおっとりとした雰囲気で少し大きめの白衣を着た女性、やしろリコ。

 ピンク色のロングパーマという彼女の奇天烈な頭髪に驚いたユウだったが、後にクロエからこの亜世界グレイターヘイムの人間は頭髪や瞳の色素がかなり多種豊富で、生来の髪色がピンクやブルーというのは決して珍しくないと聞かされて納得した。


「皆さん静かにしないと評価ランク見直しにしちゃいますよー、席に着いてくださぁーい」


 マナトとホノカは今だバチバチと睨み合いながらも、それぞれ着席する。

 このクラスの生徒は僅か8名と人数が極端に少ないということもあり、席は特に決められていなかった。ホノカは前列の左端、マナトは後列の右端という対角の位置に離れて座った。ユウは中列の右寄りに。その他の生徒は大体、前列か中列にバラけて座った。


 全員が着席して注目するのを待ってから、軽く咳払いをしてリコが話し始める。


「まずは皆さん、ご入学おめでとうございます。この1年Aクラスを担当することになりましたぁ、社リコと申しまぁーす。専門は殊能格闘術の理論と実践?でぇす。……ヨロシクね?」


 ピンク色の緩い髪とのらりくらりとした口調が相俟ってフワフワした印象の彼女リコの自己紹介が終わると、次――。


「では、皆さんにも自己紹介をして頂きますねー。えー順番はぁ……と。うん――ガッツリ成績順でいっちゃいましょう!」


 リコは手元のタブレットノートを見ながら指名する。


「じゃあまずは……全成績堂々トップの朱宮さん!」


 ホノカが「はい」と返事をして素早く起立。


「フルネームと特技や殊能を皆さんに教えてあげてくださーい。両方でも良いですよっ」


「はい。朱宮ホノカです。特技は剣道――と言いたいんですけど……」


 前列の真ん中に座っている、長い黒髪ポニーテールの少女をチラリと見る。


「去年の大会では準優勝でしたので、もっと精進したいと思います。殊能は炎の接触操作――『スルトの火』です」


 すると生徒の何人かが「おお」と小さく感嘆の声。


 ――殊能の種類や系統カテゴリーは多様で個人によりその内容は千差万別であるが、同種同系統の中で最も評価の高い殊能には、政府の殊能認定機関から『顕現名けんげんめい』という呼称を与えられる。つまりということは、その殊能のカテゴリーの中で最も優れた能力の持ち主ということである。そして顕現名を持つ殊能者のことを、一般に『顕現名帯者ネームド』と呼んだ。


 ホノカが自己紹介を終えて着席すると、リコが付け足した。


「朱宮さん、ありがとうございました。皆さんご存知だと思いますけど、彼女の『スルトの火』は炎を操る非常に優れた能力です。その性能は発火と消火は謂うに及ばず、促進や減退のような調節、また固定化も可能という超オールマイティーな殊能なんですねー。成績トップも頷けます!」


 うんうんと一人満足そうに頷くリコ。


「こんなこと言っちゃいけないんですけど、顕現名帯者ネームドでない先生には朱宮さんの能力は正直羨ましい限りです……う、ううぅ……」


 わざとらしい泣き真似に誰も反応しなかったので、リコは何事も無かったかのように早々に次の紹介に移した。


「じゃあ次は、不動ふどうさん!」


「はい」と立ち上がったのは、先程ホノカが自己紹介の最中に目をやったポニーテールの少女である。


 艶のある長い黒髪を後ろに結い、古風なワンレングスに切り揃えた前髪。美少女というよりは和風の美人である。少し太めの眉が大きな黒い瞳が力強い印象であった。立ってみるとその背は高めで、年代としては男子の平均的な身長のユウとさして変わらない。


「不動アヤメです。特技は運動全般ですが、特に剣術――剣道と居合をたしなんでおります。殊能は金属の組成・形態変化を行う『ヴェルンドの鉄』です。……宜しくお願いします」


 アヤメが丁寧にお辞儀をしてから座ると、リコが拍手をしながらその擬音まで口にした。


「ありがとうございましたぁ。なんと不動さんも顕現名帯者ネームド! そして彼女はぁ、去年の剣道全国大会の部門別で優勝もしてるんですねー。しかもオープン戦にも参加して見事3位という大会最年少受賞記録も樹立しているんですぅ……あ、もちろん大会は殊能NGですからね? 素晴らしい剣の実力の持ち主ということです」


 リコに褒め称えられたアヤメの横顔をホノカが悔しそうに見つめる――彼女が去年の大会決勝戦で惜しくも負けた相手こそ、このアヤメであったからである。

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