EP6-8 努力と成長

 昨夜に消え去った夏の暑さは、再び空へと顔を出した雲たちがそのまま引き継いで、程好い日光と爽快な海風とが、合宿所の地域を避暑地の名に違わぬものへと変えていた。


 クロエからの難題をクリアする為に与えられた日数は僅か1日、つまりその刻限は今日である。

 ――浜辺に並ぶ1年と4年合宿参加者達。全員が訓練用のジャージ。教師陣は、正面にクロエが立ち、一歩引いた所にシュンとリコが並んだ。


「さて、昨日私から課題を出された者は、名前を呼ばれたら前に出ろ。――天夜シキ」


 クロエが言うと、「はい」とシキが進み出た。


「やってみろ」とクロエ。


 彼女から昨日と同じゴルフボール大の鉄球を受け取ると、シキはすぐにその場で目を閉じた。標的の鉄棒ポールや岩壁は、試行錯誤する生徒達の攻撃によりボロボロになっていたが、それを見たクロエが午前中のうちに昨日と同じ状態に直しておいた。


「んじゃ、いきます」


 シキは鉄球を思い切り上に投げると『オレルスの弓』で初速を維持したまま、それを高高度まで上昇させた。そこで一旦操作を解除された鉄球が自由落下に入る。シキはその間に砂を一掴み拾い上げると、その砂を棒があるであろう方向に、勢い良く撒き散らす――砂を殊能で操り薄い膜状に拡げて飛ばすと、砂の膜の一部が棒に当たった。


(そこか――!)


 シキは飛翔体の絶対感知能力を用いて、『飛ばした物がどこで止まるか』を調べた。つまり砂の膜をレーダー波として利用したのである。

 精確に標的の位置を知り得たシキは、重力加速によって投射初速を遥かに超えた鉄球を、再び『オレルスの弓』で操る。鉄球が棒の上に真っ直ぐに落ち、鼓膜を劈く金属音が弾けた。


 シキが目を開けて見ると、棒は地面に見事に打ち込まれ、ほとんど頭しか出ていなかった。


「ふぅ……(シミュレーション通りだな)」と、シキは安堵の溜め息。


 命中を確認したクロエが控え目な拍手をすると、シュンとリコに続いて生徒達が湧いた。



「自分の殊能を理解したようだな、天夜。感知能力の活かし方、重力加速で威力を上げるという発想も悪くない。『命中させろ』という課題に対してプラスアルファの答えを出せるというのは、流石に4年Aクラスの生徒だ」


「ありがとうございます」


 シキの感謝の言葉は形式的なものではなかった。彼はクロエのお墨付きで確かな成長手応えを感じられたのである。


 シキが戻ると、クロエが次の生徒を指名する。


「次は――飛鳥ヒロ、それと白峰ユウ」


「げっ……(マナトじゃねえのかよ)」とヒロ。


 ブツブツ言いながらヒロが前に出て、ユウが真面目な顔で続いた。二人はゴム刀をクロエから受け取る。

 見事に課題をこなしてみせたシキと違い、ヒロは昨日一度もユウから一本を取ることは出来なかった。それどころか彼の刀はユウに触れることすら適わなかったのである。


(どうすりゃーいいんだよ。そもそも幻覚だろうが幻聴だろうが、そんなのガン無視で反応されるんじゃ、当たりっこねー)


「ではお互い、礼。――ユウ、友人とはいえ、手を抜かずにやれよ?」


 クロエの指示にしっかり眼で応えるユウ。その実直な眼差しとヒロの目が合う。


(昨日より真剣マジじゃねーか。……ったく、これだからシスコンは。白峰先生お姉さんの言うことには馬鹿みたいに従いやがって――?)


「あ……」と、思わずヒロが声を出した。


「どうした、飛鳥。始めるぞ?」


 ヒロが何に気付いたのかはクロエにも知る由はなかった。そしてクロエはヒロの「お願いします」とともに、二人の間を手で割って開始の合図をする。


「では、始めっ――『とその前にユウ。お前は一旦目を閉じて待て。絶対に動くなよ?』」


「――? は、はい」


 クロエのいきなりの制止に一瞬戸惑うユウだったが、彼は言われた通りに目を閉じて棒立ちになった。すると――。


「痛っ!」


 彼はいきなり頭をゴム刀で叩かれた。思わず声に出してユウが目を開けると、ヒロの残身とクロエの掲げた手が見えた。


「一本!」と、クロエ。


「え? あれ――?」


 状況が呑み込めないユウは、ヒロのしたり顔を見てから、ようやく自分が何をされたのかを理解した。クロエの開始の合図の後の「動くな」という指示は、ヒロの『ガングレリの森殊能による幻覚』であった。彼はユウのクロエに対する従順な姿勢を利用して、『攻撃を自ら受ける状況』を作り出したのである。

 殊能を使ったとはいえ、Aクラスの中では特別剣技に秀でているわけでもないヒロが誰も敵わなかったユウから一本を取ったことに、1-Aの生徒達は驚嘆した。就中なかんずく、アヤメの驚きは大きかった。


「どんな幻覚搦め手を使ったのかは分からんが、見事だ飛鳥。……ユウお前も良い経験になっただろう?」


 ダメージは皆無であったものの、叩かれた頭を摩りながらユウが答えた。


「まさかあんなやり方があるとは――想定していませんでした。ああいう使い方は一番厄介かもしれませんね」


 どんな幻覚であったかは訊かずクロエが頷いた。


「では最後は鑑マナトだな。前に出ろ」


 呼ばれたマナトが歩み出る。その姿をホノカが心配そうに見守る。


(マナト……)


 朝が明けるまでマナトの特訓に付き合ったホノカは、傷付きながらも繰り返し壁に立ち向かうその姿に心揺さぶられたのであった。


 マナトの両手に巻かれた血染めの包帯を見て、クロエが問う。


「やれそうか? 鑑」


「――やれます」と、マナト。その瞳には自信が満ち溢れていた。


 後ろで見守るリコも心配そうに隣のシュンに話し掛ける。


「鑑くんの『アイギスの盾反射能力』を使って、あの硬い岩壁を破壊することなんてできるんでしょうかねぇー?」


「そうですね、正直私も見当が付きません。しかし外佐は、白峰先生は厳しい人ではありますが、不可能なことを押し付けるような人ではありませんよ。それに白峰君の表情にも迷いは無い――」


 シュンはリコに「ですから杞憂です」と微笑んだ。

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