EP3-10 情報収集

 教員棟の廊下を歩くクロエ――その網膜に半透明の状態で映し出されているのは、多種多様な電子資料。軍で行われた実験、民間企業の研究レポート、病院の医療カルテ、ネスト理事会の決議案、学園内の報告書や連絡事項、SNSに投稿された動画など、何らかの形でシステム上入手可能な情報を全てAEODアイオードに収集させ、彼女は臨時顧問としての表向きの仕事を完璧にこなしつつ、併行して情報それを精査しているのであった。


(それぞれの内容に矛盾点や不自然さは無い……か)


 印刷物にすればデスクの3つ4つが山となりそうな程の膨大な量の資料を、パラパラと手でめくるようなスピードで読み流していく。


(一見した限りでは整合性が資料そのものに影響を及ぼしている可能性は低い。ならば相関性か特異性――)


 クロエはこめかみにさりげない動作で触れるとOLS頭の中AEODアイオードを呼び出す。


[おはようございます、ルーラー=クロエ]と、爽やかな男性の声。


[――アイオード、収集した資料を任意でフィルタリングしろ]


[条件にご希望は御座いますか?]


[日付、時間、言語、地域、作成者、データ形式、配布先、閲覧者、単語の使用頻度、文体、構文傾向、それと関連する金や人の動きだ。改変発生日時から過去5年間と改変以降とで比較しろ]


[承知しました――抽出終了。334件のイレギュラーが見つかりました]


 再び視界デスクに溢れかえる資料の山。


4年前のクーデター私が解決した事件に関わるものは除け]


[承知しました――抽出終了。27件に絞り込まれました]


 目の前を埋めていたファイルがスッキリと整理整頓され、綺麗に清掃の行き届いた廊下が快適に続いているのが視える。ひとつひとつの資料を順番に再度目を通すクロエ――。


(殊能者を中心とした小隊戦闘教練の実施……次世代型歩行兵器アーマードの開発……LEADリード研への兵器開発委託……学会論文、双生児における顕現確率の比較……顕現名帯者ネームドの公的定期健診結果、再検査日程……第56回ネスト総会決議案及び廃案……今年度入試結果一覧……新入生の殊能リスト……臨時編入生の通知――これはWIRAこっちで改変した資料か)


 視線だけでファイルを移動して、関連性を感じたものを線で結びながら淀みなく振り分ける。


(あとは虱潰しに当たって視るしかなさそうだな)


 クロエがOLSを閉じて廊下の角を曲がると、そこへ後ろから彼女を呼び止める声がした。


「先生! 白峰先生!」と、息を切らせて駆けてきたのは小太りの学園長であった。


「……何か?」と振り向くクロエ。


「お忙しいところ、すみません」


 大した距離でもないのに少し走った程度で額に汗する学園長が、それをハンカチで拭い、息を整えながら言った。


「いやいや丁度良いところでした。白峰先生もご存知かと思いますが、今度の夏の選抜対抗試合の件で――」


「――選抜対抗試合?」


「ご存知ではありませんでしたか?」と、意外そうに学園長。


「いえ、対抗試合があるのは知っていますが……それと私に直接関係が?」


 選抜対抗試合というのは15歳以上の未成年殊能者が、所属する学校の代表として参加する、学校対抗の殊能競技大会のことである。学園ネストのような殊能者専門の育成機関というのは全国的に見ても少ない為、実質には専門それらの学校が常連化しているのだが、名目上は人数さえ揃っていればどんな学校でも参加できるオープンな大会である。無論このネストは殊能者育成の名門校であるという自負と事実からこの選抜他校試合に懸ける意気込みが強く、学校を挙げての一大重要イベントであった。

 クロエは当然それを知り理解もしていたし、臨時とは云え一応は教育者の立場でもあったものの、あくまでそれは源世界で受けた任務上の配置である為、規制官ルーラーとしての彼女は特に大会それに興味があるわけではなかった。


 無表情のクロエの反応をなんとなく彼女の癇に障ったのと勘違いして、学園長は大袈裟に首を振ってみせた。


「いえいえいえ! 白峰先生ではなく弟の白峰ユウ君のほうです」


「――ユウ? あれが何か?」


「選抜対抗試合はこの学園きっての一大イベントです。ユウ君のクラスの査定は本日行われているはずですが……ユウ君はなにせ白峰先生の――ですから相当強いのでしょう? 私としては是非とも彼に大会に参加して頂きたい」


 勝手な期待を込めて語る彼に、しかしクロエはわざとらしく残念そうな表情を見せた。


「……学園長、ご期待に沿えず申し訳無いのですが、ユウは殊能者としてそれほど飛び抜けた才能があるわけではありません。全国大会で活躍できるような器ではありませんよ」


「またまたご謙遜を――」


「いえ、本当に。今日の査定で判ると思いますが」


 断言するクロエに「そ、そうですか……」と、学園長は露骨に肩を落とした。


「――では失礼します」と敬礼するクロエ。


ユウあいつには『余計なことはするな』と言ってあるからな。まあ目立つような真似はしないだろう)


 しょんぼりとした学園長を置き去りにして、クロエは再び廊下を歩いていった。



 ***



「そぉっるあッ!」


 飛鳥ヒロは上段に振りかぶって一足飛びに間合いを詰め、両手持ちの袈裟斬り――マナトはその打ち込みをで横に躱す。


(っく、意外と速えな!)と、マナト。


「どうした鑑ぃ!」


 そこへ更にヒロの切り返しの逆袈裟――これをロッドで十字に受けつつ腕を捻って身体ごと逸らしたマナトは、しかし反撃をせずに一旦距離を取り間合いの外へ――ヒロが不敵に笑った。


「なんだ、攻めてこねーのかよ?」


 身をいなされてバランスを崩したかに見えたヒロであったが、彼はしっかり重心を後ろに残し、マナトの攻撃にカウンターを入れるつもりであった。マナトはいなした時の攻撃の軽さからそれを読んだのである。


「……引っ掛からねえよ」と、マナト。


 ――第二試合。マナトとヒロの闘いは序盤から猛攻を仕掛けるヒロの攻め手を、マナトが華麗に避けつつ反撃の機会を窺っているところであった。


「ハっ、なんだ意外と視てるんだな。こえーこえー。気が抜けねえや」


 などと強がってみせたヒロであったが、実際には今の誘いを見切られた彼は内心かなり動揺していた。


(正直、朱宮や不動以外ならなんとかなると思ってたが……コイツも相当ぜ。これでも地区大会じゃ負けなしだったんだけどな)


 それはマナトも似たようなもので、ヒロの太刀筋ロッドが明らかに素人とは違うことに感心していた。


(いなされる瞬間に重心を残すなんて大したモンだ。少なくともその辺の不良なんかとは別次元だな、こりゃ。鑑流うちの技は使わねえで勝ちたかったんだが……しゃあねえ、やるしかねえか――)


 マナトは互いの間合いの外で徐に腰を落とすと右手のロッドを逆手に持ち直し、前傾に近い状態まで屈み込んだ。

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