貫く、意思

 私たちは、上迫花温に指定された場所まで来ていた。その場所は、とある廃工場。まあ……誘拐される場所の定石と言うべきか……。いや、それは偏見か。


「当たり前だけど……人は沢山いるみたいだな」


 泉さんが小さく呟く。そう、この廃工場だが、普通に人がいる。恐らく、誰も入らないよう、という見張りだろう。……見える範囲だけでなく、中にもきっと人は沢山いるのだと思う。

 そして人がいるからこそ、この中に隠したいもの──忍野さんがいるのだと、そう分かる。


「ここにいる人たち、全員警察? です?」

「さあ……タイトクが関わってるのはほぼ間違いないと思うけど、でも全員が警察、っていうのはデメリットありまくりじゃないかなぁ……。外部雇ってるって考えた方が、自然かも」


 カーラさんの疑問に、言葉ちゃんが冷静に答える。……そうか、そういえば、警察内に内通者がいるっぽい、ということは、私と忍野さんしか知らないんだったな……。

 これが終わったら、話すべきか。迷ったが、今は目の前のことに集中することにした。


「それじゃあ、改めて確認する。……パレットとみことが正面突破で、囮になる。俺と小鳥遊たかなし伊勢美いせみはその隙に、裏の方から潜入。……そうしたら中で、今度は小鳥遊と伊勢美に囮になってもらう。俺は……密香を助けに行く。それでいいな?」


 泉さんのまとめに、私たちは頷く。短時間で組んだ作戦だから、あまり凝ったものではないが……それでも、この廃工場の内部の構造図はしっかりと入手出来たし、忍野さんが監禁されてるであろう場所にも目星は付いている。……十分だろう。

 私たちが頷いたのを見て、泉さんも大きく頷いた。


「危険だと判断したら、何も迷わず逃げてくれ。逃げる体力は残すんだぞ。……そんじょそこらの警察や異能力者相手なら、お前たちなら大丈夫だとは思うけど、念のため。

 もし密香を奪還出来たら、通信機で連絡は取る。でも、長丁場は覚悟してるから……余力があったら援護に来てくれると、嬉しい」


 私たちを気遣いつつも、しっかりと助けは求めてくれる。……なんだかやはり、変わったな。と思いつつも、私たちは再び頷いた。

 ありがとう、と泉さんは笑うと……その表情を引き締める。そして、私たちを見回すと。


「それじゃ、健闘を祈る。……また後で、6人で会おう」





 正直自分がこんな決断を出来るなんて、思っていなかった。泉は、1人走りながらそう思った。


 一度得た「安定」は、死んでも手放したくないと思っていた。……だって、1人は辛いから。もう二度と、苦しい思いなんてしたくなかったから。居場所を失うなんて、考えたくもなかったから。


 といっても、今だって、ベストとは言えない。今世紀最大の凶悪異能犯罪者、通称「五感」を捕まえろ、という不可能にも感じる任務を投げられたし、それが出来なかったらお前の居場所を奪うと言われていたし。……常に綱渡り状態で、生きてきた。


 それでも、パレットと尊が、自分で前を向くようになって。小鳥遊や伊勢美と笑う時間が増えて。……いい方向には向かっていると、思っていたんだ。

 俺だけが、足踏みをしている。俺だけが、取り残されている。……そんな漠然とした不安感はあったけど。それでも、皆が幸せなら。良かったと思っていたんだ。


 だけど、やはり現実は俺に冷たくて。大事な人と、居場所を、天秤にかけられて。……身動きが取れなくなってしまって。

 俺が変わらないのを、許してはくれなかった。この場から動き出させと、そう突き付けてきた。


 無理だ。選べな、かった。


 そんな自分が、本当に嫌だったし、やっぱり、そもそも始めなければ良かったのだと思った。隊長なんて、とっととやめれば良かった。いや、違う、もっと前。生徒会に入らなければ。異能力を持っていなければ。……生まれて来なければ。

 こんな、苦しい思いをしないで、済んだのに。


 それでも、こんな俺を、引き上げてくれる人がいた。俺に救われたからと。だから俺の助けになりたいと、俺の意思を尊重したいと、俺に付いて行きたいと、そう言ってくれた人がいた。

 俺は、こんなにも、人に大事にされていたんだ。


 そしてその時、ようやく気付いたんだ。



 言葉と灯子と別れた泉は、1人で廃工場の中を走っていた。たまに人と遭遇するが、彼らは泉の敵にさえならない。泉は素早く彼らを倒すと、ペースを崩さずに走り続けた。

 まだ、時間には余裕がある。上迫は、真面目に約束を守るタイプだ。だから、まだ焦る必要はない。……そう言い聞かせるが、それでも、心臓の嫌な高鳴り方は、止まらない。


 だから、足を止めない。止められない。全力で、走る。


 泉は異能力を使い、自分の運を最高のものにしておこうかと、悩んだ。……しかしすぐにその手を握りしめる。

 なんとなく、見なくても分かった。今の自分は最高だ。今の自分だったら、何だって出来る。臆さずに前を見据えることが出来る。千切れそうな手足を使い、進み続けることが出来る。


 こうして走り続けられるのは、背中を押してくれた部下が、今囮になってくれている仲間がいるからだ。そのありがたみを、ひしひしと感じる。感謝しても、しきれない。


 俺は、1人じゃない。


 ──だから、俺は、なんとしてでも、俺の意思を貫き通さないといけない。


「……ああ、やっぱり来たね。青柳くん」

「……久しぶり。上迫」


 倒れる密香の前にしゃがみ込み、その頬を突いている。そんな花温と泉は、遂に対峙した。


 こうして彼女と顔を合わせるのは、実に約3年ぶりだった。

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