居場所を選ぶ

 2人は一心不乱に、出口を目指して走っていた。この工場ではかつて、密閉性を保つことが求められる製品を作っていたため、あまり窓や出入り口がない構造となっていた。……だからこそ、監禁場所としては最適な場となってしまったわけだが。

 出入り口は泉が把握しているため、そこを目指せばいい。だが、なんせ遠いし、崩れ落ちてくる瓦礫が征く手を阻む。これらに巻き込まれてしまったら、今度こそ助かる手段などない。

 一応部下たちに、密香は奪還した。中は崩壊し始めていて危険だから、入って来るな。でももし15分後になっても出て来なかったら、中を探しに来てほしい。と言っておいてはいるが。それでももしそうなれば、彼らが見つけるのは自分たちの死体だろう。


「密香、俺、さぁ、っと」


 そこでふと、泉が瓦礫を乗り越え、上から密香に手を差し伸ばしつつそう話し始める。密香は思わず眉をひそめ、その手を取りつつ答えた。


「なんだよ、今しないといけない話か?」

「まあ、別に後でも良いけど。……せっかく2人っきりだからさ」


 そう言って泉は、密香を思いっきり引っ張り上げる。正確に言うと密香は花温を背負っているので、2人を引き上げたことになるが。


「言い方がきっしょいな。……つーか、この女いるから2人っきりではないだろ」

「気絶してるからセーフでしょ。……でね、俺さ。気づいたことがあるから、一応報告しておこうかなー、って思って」

「いや、話続けるのかよ。……で、何だよ気づいたことって」


 崩壊し、倒れ込んできた柱を「Noxiousノークシャス」で受け止め、流しつつ、密香は話を促す。ありがとう、と泉は二重の意味でお礼を言ってから、喋り始めた。


「俺さ、居場所が欲しいと思ってた。俺だけ浮いてるっていうか、定住出来るところがないっていうか……そういうの、嫌でさ」

「……」

「高校では、生徒会っていう居場所が出来て、今は、『湖畔隊』っていう居場所が出来て。……それで、満足してた。してたし、だからこそ奪われるのが……怖くて。そこを守るためだったら、なんだってしてきた」


 泉は扉を蹴り壊し、先に進む。この業火の中、真面目にドアノブなど触って開けたら、更に火傷を負うのは目に見えていたからだった。


「でも、違った。本当に大事なのは、『場所』じゃなくて」

「……場所じゃなくて?」


 泉は立ち止まり、振り返る。その視線の先には、密香がいて。


「俺が、誰かを大事に、必要に思うこと。そして、誰かに大事に、必要に思われることだった。それが本当の、俺の『居場所』だった」

「……」

「高校の時は、イチ先輩とか、小鳥遊とか……今は、尊とパレットとか。そういう人たちが、俺と一緒に居たいって、願ってくれたから。……俺には、もったいないくらいだとは思うけど……だから俺は、1人じゃなかった。俺には居場所が出来たんだ。……場所なんて、肩書きなんて、どうでも良かったんだ。もちろん、それも大事だけど……それでも、他の人がいて、俺を必要としてくれて初めて、俺は俺らしくいられるんだ。そう、気づいた」


 密香も立ち止まる。真っ直ぐに泉を見つめる。……その青い瞳は、晴れやかで。澄んでいる。まるで、広大な海のように。

 それでいい、と密香は思った。思わず笑みが零れそうだった。


 やっぱりお前は、そうじゃないとな。


「……で? どうして俺に、そんな話を?」


 密香がそう言いつつ泉の横を通り抜け、再び歩き出す。泉がその背中を追いかけながら、口を開いた。


「……お前だって、気づいてるかもしれない。でも、言ってこなかった。言ったら壊れるものだと、分かってたから」

「……何を」


 今度振り返るのは、密香の番で。……その瞳は、驚いたように見開かれている。

 一方泉は、優しく微笑んだ。


「……春松はるまつは言っていた。魔法で命を奪うようなことをしてはいけない。自動装置だとしても、だ。それでもあいつは、やってくれた。

 ……あいつは、こうしてくれたんだと思う。俺たちがその魔法を、俺が死んだらお前も死ぬと、俺がお前を危険だと思ったらすぐに殺せると、、その効力が保たれる魔法」


 いつか2人の前で、夢が言っていたことを、思い出した。


 もしこれがいらないと感じた時には、いつでも自由に手放してしまえばいい、と。はっきりとは言わず、しかし、ヒントを与えないわけでもなく。夢は知っていた。これだけ言えば、2人はすぐに答えに辿り着く。

 案の定2人は、すぐにそのタネを知った。しかし、気づかないフリをした。でないと、2人が共にいることが出来る理由が、なくなるから。


 それを泉は今、手放した。


「俺たちは、個別に死ぬよ。俺が密香のことをすぐに殺せるわけがないし、俺が死んだら、お前が死ぬこともない」


 壊れていく、音がする。泉が、密香が離れないようにと用いた鎖たちを。泉自身の手で、壊していく。

 お前は自由なのだと。そう告げるために。



「密香は密香で生きて。俺も、俺で生きる」



 泉が密香の横に立つ。追い越す。出口は、もうすぐだ。



「それでも、お前が、俺といることを選んでくれたら……俺は、嬉しいと思う」



 顔が、見られない。断られたらどうしよう、と思っている。……しかし、もし断られたら、その時はその時だ。


 その時は、自分から掴みに行けばいい。自分から、繋ぎに行けばいい。

 あの時、密香がそうしてくれたように。


 そう、意を決して振り返ろうと思ったが……その時には既に、隣に密香がいた。一瞬顔を合わせると、その口元には……微かに、笑みがあるような、気がした。


「だからお前はヘタレなんだよ」


 呆れたように笑い、告げられたその言葉に、泉は思わず押し黙る。……しかし、慌てて彼の隣に並んで。


「……答えは?」


 尋ねる。密香は大きく、ため息を吐いた。


「俺が離れると、お前勝手に死んでそうだしな」


 彼は、それだけ告げる。出口が見えてきたから、2人でそこに向け、一目散に走って。


「……そう言うお前は、ほんっとうにツンデレだよね!!」


 泉は、笑う。相変わらずはっきりとは答えてくれないけど、それでも、自分を選んでくれた彼に、感謝をして。


 外に出ると、そこでは自分たちを待っていた部下たちがいて。……約束通り、6人は出会うことが出来たのだった。

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