駆け出す

 そして泉は……その懐から素早く、拳銃を取り出す。迷いなくそれを構えると……密香に向け、発砲した。

 それは正確に密香を捕らえていた手錠を捉え、壊す。……密香は、解放された。


 お膳立てはしたよ。泉のそんな声が聞こえた気がする。……どこまでもムカつく野郎だと思ったが、それでも、この機会を生かさないわけがない。


 自分を踏みつけている花温の足を掴み、勢い良く地面に倒してやる。ついでに自分は足の縄抜けを終えると、起き上がって立ち上がった。……自分の足で、立つ。


「流石、お見事」

「馬鹿にしやがって……ッ」


 拍手をしてくる泉を密香は睨みつけるが……それでも、全身に痛みが残っている。思わず顔をしかめ、倒れかけるが。……泉に抱き留められ、体を地面に打つようなことは、なかった。


「流石の密香さんでも、痛みに晒され続けるのは駄目だったか~」

「……マジで殺すからなお前」


 鈍く痛み続ける体にも慣れてきて、泉を押しのける。泉はそれに抵抗しなかったし、押しのけられたがてら、振り返った。

 そこには、地面に倒れた花温がいる。


「上迫」

「……」


 名前を呼ばれ、彼女は勢い良く顔を上げた。その表情で、彼女が歓喜に打ち震えているのが分かる。……泉は少しばかり居心地悪そうに苦笑いを浮かべてから、告げた。


「俺は密香のことが割と好きなので、私情ゆえ裁きません。それだけだよ」


 それは、先程投げかけられた問いかけの、端的な答えだった。

 花温の笑顔が、引きつる。この人は、何を言っているんだ。そう言わんばかりだった。


「警察としては、駄目だろうけどね。……でも俺だって、警察以前に人間だし、好きな人間にそんなこと出来ないよ。……密香が罪犯しそうなら、俺が止めればいいだけだしね」


 まあ、俺に抑止力あんまりないけど……と自信なさげに続けると、全くだな、と密香が鼻で笑った。……それを聞いて泉は、密香の方を振り返る。


「お前は!!!! 俺に迷惑かけるのやめようね!?!?」

「お前が勝手に迷惑に感じてるだけだろ。……つーか、俺の方が今までお前に迷惑かけられっぱなしだからな? 何度お前のために動いてやったことか……」

「そっ……れは、感謝してるけど!!!!」


 密香を叱るつもりが、普通に論破されてしまい、泉は落ち込んでしまう。やっぱり俺に抑止力ゼロだな……と思っていると。


 ふと、密香が動く。自分の手から拳銃を抜き取ったと思うと、そのまま泉を引き寄せ、自分の背に庇った。

 次いで、金属が擦れ合う音が響き渡る。……見ると、体を起こした花温が持つ小刀と密香の持つ拳銃が、交差していた。


「お前……遂に好きな男すら手に掛ける覚悟決めたか」

「へぇ……あんなに痛みつけてあげたのに、まだ動けるんだっ!!」

「っ!!」


 花温が小刀を押すと、密香がわずかに後退る。その隙を見逃さず、花温は鍔迫り合いに勝つと……小刀を、密香に向けて振り下ろした。

 すると次に動いたのは、泉で。……左腕から素早くゆめに貰っていた異能力無効化銃を取り出すと、ワイヤーで銃身を伸ばす。泉がそれを鞭のように振るうと、花温の小刀を持つ手に当たり……そしてその拍子に、彼女は小刀を手放した。

 宙に舞った小刀は密香が拳銃で撃ち抜き、花温から距離のある所に落ちた。……これで彼女の武器を奪った。


 2人がかりで来られると、自分に勝ち目はないと分かったらしい。花温は気が抜けたように笑うと……その場に、座り込んだ。


「……私、そもそも、戦闘とか得意なタイプじゃないし。……学園でも強い方だった2人に結託されたら、勝てるわけないよね」

「上迫。……自首してくれ。その方が、罪も軽くなる」

「……青柳くんは、最後まで優しいね」


 でも、と花温は笑う。……そして懐から、何かを取り出した。


「私が君に見ていた姿は、幻想だったみたい。君は、私の王子様じゃなかった」

「ッ、上迫……ッ!!」

「さようなら」


 泉は彼女が何をしようとしたのか、悟る。止めようと、手を伸ばすが……間に合わない。

 彼女は、スイッチを押す。……そして花温を中心に、白い光が迸った。





 密香は拳銃を片手に、小さくため息を吐いた。さて、この状況、どうするかと。


 目の前には、血まみれになって倒れている、上迫花温と青柳泉の姿が。2人とも生きているが、花温の方が重傷だ。このまま放っておけば、彼女は確実に死ぬだろう。


 まさか、本当にやるとはな。と密香は思っていた。気づいてはいた。彼女の胸元に、爆弾が巻き付けられていることは。……大方、計画が上手くいかなそうな時とか、タイムリミットが来たら、爆発させるつもりだったのだろう。容易に想像は出来る。

 彼女は最初から、最終的には死ぬつもりだったのだ。


 だけど密香はそれに気づいていたので、発砲することでなるべく爆弾から彼女を遠ざけ、かつ「Noxiousノークシャス」でそれを包み、なるべく爆発の威力を抑えようと試みた。何も考えずただ手を伸ばしただけの馬鹿とは違う。


 だが……咄嗟に出来たことは、少しでも爆発の威力を弱めることだけだった。死なせないことには成功したが、重傷を負わせてしまった。……密香は泉の横に座り込む。泉が反射的に伸ばした右手はボロボロになっており、右半身は酷い火傷になっていた。まあこのまま放っておけば死ぬだろう。


 密香は異能力を取り出す。文化祭の時、にのまえあいの異能力の代償を治すよりは、ずっと簡単だ。何が起こっているのか分かるのだから。

 だからこそ、慎重に。


「……死ぬなよ。お前を殺すのは、俺なんだから」


 処置を施しつつ、密香は小さく呟く。すると、てっきり気絶しているかと思っていた泉が、微かに頷くのが見て取れた。……意識あったのかよ、と思い、密香は思わず舌打ちをする。

 ああ、余計なこと言わなければ良かった。



 泉の処置を終えると、上迫の処置も手早く終わらせる。その間に泉は立ち上がれるようになっており、軽く現場の状況を見渡していた。……最悪なことだけは、密香にも分かっていたが。


「この廃工場全体が燃え始めてるみたい。まあ、証拠ごと全部潰した方が手っ取り早いだろうしね」

「脳筋だな……。お前、自力で走れるか」

「激しく同意。……お前が治療してくれたから、一応はね。でも長くは持たなそう」


 密香が治療を終えた花温を背負い、それを見て泉は頷く。


 この場にいる全員が、満身創痍だ。だけど、まだ頑張らないといけない。……生き残るために。

 また6人で会うと、部下たちにも約束したのだから。


 2人は顔を見合わせると、同時に頷き……業火の中へ、駆け出した。

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