思い違い
それから2日後。顔のところどころに湿布などを貼り付けられた密香は、夜の街を歩いていた。
今日は、目的地がある。……人と、待ち合わせをしていた。
「……やあ、密香。こっちだ」
「……どうも」
店に現れた密香の姿を捉えると、奥にいた女性が大きく手を振る。密香はそれを恥ずかしい、と思いながら、足早に彼女に近づいた。……一愛。今の2代前の、明け星学園の生徒会長だ。
呼び出したのは密香だが、場所を指定したのは愛の方だった。ここは都内某所のバー。……話を聞いたところ、ここは彼女の行きつけの店らしい。
密香が席に着くと同時、店主から飲み物を出される。どうも、と言いつつ口に含むと……ただのジンジャーエールだった。てっきり酒だと思っていた密香は、思わず横に座る愛を見つめる。
「君は未成年だからな」
「……あ、そう」
するとタイミングを見計らったように愛に言われ、密香はそれだけ返した。思考を見透かされている、と思って。
彼女の前では酒も飲めない、煙草も吸えない。その事実に口寂しさを感じていると、愛が話を切り出した。
「それで、君から私を呼び出すとは、珍しいじゃないか。……この前の答えを、聞けるのかな?」
「……」
その言葉に、密香は黙る。図星だったからだ。
約1カ月前。文化祭の時、愛から申し出があったのだ。……自分がやっている研究の、助手にならないかと。君の異能力があれば、研究も大幅に進歩するだろう、と。
そして密香はずっと、その答えを探していた。
……しかし今回の件で、それが決まったのだ。
密香はジンジャーエールで喉を潤してから、愛の方に向き直った。
「……あんたの研究には、協力出来ない。悪いな」
「そうか。……理由を聞いてもいいか?」
密香の言い分に、愛は全く気分を害するような様子がない。相変わらず、重石みたいに揺るがない人だな、と思いつつ、密香は尋ねられるままに答えた。
「興味がない、わけじゃない。むしろ、やりたいとは思っている。……でも俺は、泉の隣にいることに……決めた。だから俺は、あんたの助手にはなれない。……そういうことだ」
「ふむ、そうか。……」
すると愛は、顎の下に手を添えると……何かを考え始めた。一体どうしたのだろう、と思いながら、ジンジャーエールを煽っていると。
「……ちなみに言っておくが、私は別に泉の部下をやめろと言っているわけではないぞ?」
「は?」
「時間がある時に来てくれればいいくらいの感覚だったが……その反応を見るに、私と君の間で、認識の齟齬があったようだな。いやぁすまない」
「……」
「だが君の言い方的に、泉の部下をやめなくていいのなら私の助手になってもいい、という感じだな? ……そうかそうか!! それは嬉しいぞ!! これからよろしくなぁ、密香!!」
愛に矢継ぎ早に告げられた真実は、密香を黙らせるには十分だった。
そういえば、そうだ。思い返せば、彼女自身から泉の部下をやめろなんて、一言も言われていないし。そうなると、自分が勝手に思い違いをしていただけで。そしてその思い違いで、自分は勝手に色々悩んでいたわけで。そのせいで失敗しかけた任務が沢山……。
愛にバシバシと背中を叩かれるが、密香は何も反応が出来ない。……しかしようやく、現実に思考を追いつかせると。
「……帰っていいか?」
「何故だ!! 言っておくが、君が勝手に勘違いをしていただけで、私は何も悪くないから当たり散らされても迷惑だ!! ……あと、君の口からしっかりと状況が変わったうえでの答えを聞かせてほしい!!」
「あーあーそうですね俺が悪かったですよやりますよやればいいんだろ!!!! やれるならやるわ!!!!」
愛に急かされ、密香はヤケクソのように叫ぶ。その答えを聞いて、愛は満足そうに満面の笑みを浮かべると、大きく頷いた。そしてまた、背中をバシバシを叩かれる。この前花温に踏まれたところなので、余計に痛い。だが、やめろ、と言い返す気力などなかった。
思わず顔を手で覆う密香に、愛は元気出せよ、と声を掛ける。誰のせいだよ、と思ったが、やはり声には出来なかった。
「ふむ……にしても君はやはり、泉のことを大事にしてくれているようだな。私は安心したぞ」
「さっき言ったことはマジで忘れろ。あと本人にも絶対言うなよ。でないと今すぐここで自殺する」
「余程嫌なんだな……」
愛は必死な密香の様子に、思わず苦笑いを浮かべる。彼らの感情のやり取りは、なんとも難しい、と思いながら。
その後は、今後のことについて話し合った。……否、愛が一方的に色々話した。今後はこうするつもりだから、お前にはこういうことをやってほしい……といった具合に。
密香はすっかり意気消沈していたが、しっかりと相槌は打っていたので、聞いていた……と思うことにしておく。
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