この人生が、一番だ

 そろそろ日付を回るか、と時計を見つつ愛が考えていると、密香がふと、口を開いた。


「……なあ」

「なんだ?」

「俺、高校生の頃……それなりに、優秀な生徒として、名が通ってただろ。……それなのに、俺じゃなくて泉に声を掛けたのは……なんでなんだ?」


 分かっている。泉には自分がないものを持っているし、そのお陰で、泉はいつだって表舞台の中心で輝くタイプなのだと。


 それでも、気になってはいた。泉は高校生の時、自分が声を掛ける前は、本当に陰気臭い男というか。その光は濁っていて、表面には出ていなかった。

 ……それなのにどうして、愛は泉を選んだのだろう、と。


 その問いかけに、愛はキョトンとしてから……口を開く。


「見たことがあるんだ。泉が、異能力者同士の喧嘩を仲裁しようとして、関係なかったはずの泉が一番大怪我を負う、という場面をね」

「……馬鹿だろあいつ」

「でも結果的に、喧嘩は収まった。泉は、心底安心した様に笑っていたよ。後で聞いたら、俺が怪我をするだけで済むなら、それが一番ですよ。って答えていてな。……確かに馬鹿だと思うが」


 そこで愛が、密香を見つめる。真っ直ぐで、鋭い瞳で。


「君は、そこまでして誰かのために生きようとしたことはあるかい?」

「……」

「ないだろう。それが答えだ。……確かにあいつは、君のように何でも要領よく出来るわけじゃない。私のように、最強の異能力を持っているわけでもない。……しかし、人のためにすぐ動ける、『勇気』を持っている。それが自分の身を滅ぼすことにも構わず、ね。……私はそこが気に入ったんだ」


 それは、密香が嫌いなところでもあった。愛の言う通りだ。泉は自分が傷つくことにも構わず、人のために生きる。そのせいで一番不幸を被るのは自分だとしても、笑って流してしまう。

 ……そこがものすごく、ムカつく。


「だが、自己犠牲だけではいつか死ぬのは泉だな。それも分かっている」

「……分かっているなら」

「そうしないようにするのが、君の役目だろう?」


 愛に言われ、密香は目を見開く。愛は続けた。


「君は、状況を俯瞰的に見ることに長けている。誰が今、どのように動いていて、自分がどのように立ち振る舞えばいいのか、判断するのが早い。……君を副会長に誘わなかった理由だが、簡単な話だ。君は一番上に立つ人間ではなく、それを支える人間だ。君なら、自己犠牲も厭わない泉のブレーキ役になるし、泉のやりたいようにやらせたうえで、ベストな結果に運ぶことが出来る。……適材適所、という話だ」

「……」


 黙る密香をよそに、愛は酒を仰ぐ。中身は、コスモポリタン。カクテル言葉は、「華麗」だったか。……いつも凛々しい愛にピッタリだと感じた。

 そんなことを思いつつ、密香もジンジャーエールを口に含む。早く合法的に酒が飲める年になりたいな、と思いながら。


「ちなみに、君が特に何もしなければ、私は君を勧誘するつもりだったぞ」

「……え?」

「生徒会長以外の役職に、規定人数などはないからな。順次勧誘する予定だった。……まあそれにしても、私が生徒会長として指名するのは泉だっただろうし、何にせよ君の要望は通らなかったと思うが」


 質問を投げかけたのは自分だったが、まさかそうだったのか、という話ばかりが出てくる。返す言葉がなくて、思わず密香は黙ってしまった。


 ……それでも、あの場で我慢できたとして。結局生徒会長になれないのなら、あの時の自分は泉を殺そうと思った気がするが。


「でもまあ、過程がどうであれ、今が一番だと私は思うよ」


 密香は顔を上げる。愛は、密香を見つめて笑っていた。


「君だって、そうだろう?」


 今度はこちらが尋ねられる。その答えは、決まっていた。迷うことなんてなかった。


「……別に、大差ねぇだろ」

「お前は本当に素直じゃないなぁ」

「頭を撫でるな」


 頭に乗せられた手を、苛立ち交じりに振り払う。年下扱いをされていることは明白だった。

 愛を睨みつけるが、彼女はどこ吹く風だ。むしろ抵抗する密香の反応を楽しんでいる気すらする。……もはや何をしても無駄だった。


 愛が生徒会長の時の、副会長にならなくて良かったとは思っている。だってそんなの、泉から話を聞けば誰だってそう思うだろう。しかしどういう縁か、今密香は愛の助手として、結局は愛のもとに就くことになった。

 まあ、人生って何が起こるか分からないものだな、とぼんやりと思った。


 ……あえて間違いを選んできた人生だった。それでもきっと、今、この人生が、一番だ。愛に告げなかった回答を、密香は心の中でこっそりと呟いた。


 ──────────


 少しはマシな思考になったと思う。あいつは周囲に好かれていることに気づいたし、自分が少なからず恵まれていることに気づいた。


 でも、まだまだだ、と思う。


 その幸運を、俺にはもったいないくらいだとか言っていたし、まだ完全に享受できていないのは見え見えだ。もっと堂々としてりゃいいのに。


 それに。

 あいつが俺のことを縛って、それで俺が離れられなかったと思っているのなら、それは大間違いなんだよな。

 確かに、お前から離れられないのは不便だと思っていたが、でもそれは、最初から俺が選んだことだし。仕方なくいるんじゃなく、俺が自分の意思で、お前の隣にいたんだ。自分が繋ぎとめていた、なんて思うなよ。


 ……それに気づけていないのなら、やっぱりまだまだなんだよな。


 まあ、絶対に俺の口からは教えてやらないけど。





【第47話 終】

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