自分の情報交換

「あのままじゃ、僕らも巻き込まれるとこだったからねー……」

「ぐすっ……怖かったですぅ」


 呆れ気味に呟く言葉ちゃんに、カーラさんが涙声で答える。言葉ちゃんは気まずそうに彼女から目を逸らしていた。しかしカーラさんはそんな様子の言葉ちゃんに気づくことはなく、大智さんの服の裾で涙を拭っている。大智さんはええっ、と小さく声をあげたが、それ以上何かを言うことはなかった。


「とにかく……なんかあの人たち本気出して無さそうだけど、万が一億が一本気出されて部屋破壊されても困るし、ちょっと離れよ」


 そんな言葉ちゃんの一声で、私たちは宛もなく海中要塞を歩き出す。彷徨ほうこうのお供は、先程された話だ。


「結局、マシな話は聞けなかったねー」

「……まあ、あれは煽った泉さんが悪いと思いますけどね」

「隊長、お茶目な一面もあるんですねぇ♡」

「あ、あれは……お茶目で済ましても、いいものなのかな……」


 思わず全員で苦笑いを浮かべてしまう。隊長とその直属の部下の仲の良さには困ったものだった。


「……にしても、あいつでも勝てないくらいの実力者、か……」


 そこで言葉ちゃんが足を止め、小さく呟く。丁度そこには1つの会議室があったから、自然と私たちはその中に入った。

 全員が着席し、会話を続ける。


「……言葉ちゃんは、忍野さんがどれほど強いのか……知っているんですか?」

「いや、知らないよ。……でも、情報としては知ってる。それと、この前泉先輩を奪還しに行った……その時に、横目で見てた。僕があいつのことで知ってるのは、それくらい」


 椅子に身を預けていた言葉ちゃんは、前のめりになってこちらを見渡す。そして机の上で手を組むと。


「……あいつの異能力……2つのうちの、もう1つ。『Noxiousノークシャス』。自在に有害物質を作ることが出来るっていう能力だ。……しかも異能力で代償というデバフを克服出来ると来た。……最悪だよ、本当に。殺傷力が高い異能力を、ほぼデメリット無しで使うことが出来る。しかもあいつは、人を殺すことに躊躇いを抱かないタイプだ。

 ……そんなあいつでも負けるとか、相当でしょ」


 密香は半殺しにされたことがあると、泉さんが言っていた。笑いながら告げられたことだが、その言葉はとても重い。……こちらの心を、重く、執拗に、抑えつけてくる。


 改めて考えると、現実味はあまりない。「五感」と呼ばれる凶悪異能犯罪者を、このメンバーで捕まえるということは。

 泉さんや忍野さんも加担するとしても。成功率は、どれほどなのだろう──……。


 ……と、まあ、正気に戻って考えてしまうだけ無駄か。もう、やるしかないんだし。


「……泉先輩からマシな話は聞けなかったけどさ、改めて僕らの間で自分について情報交換しようよ。まずは自分たちのことを整理しないとね」


 少し重くなってしまった──というか、言葉ちゃんが重くしたような気がしないでもない──空気を取り払うがごとく、言葉ちゃんが手を叩く。そちらを見ると、彼女は大きな胸を張り、そこに右手を添えていた。


「まずは僕からね。……改めて、僕は小鳥遊言葉。異能力は『Stardust』。文字を操るっていう能力だよ~。代償は……ちょっとした加害衝動、かな。でもまあそれは、僕に無闇に近づかなければ大丈夫」


 代償のことをどう説明するのだろうかと思っていたが、なんだか上手いこと言い換えていた。……まあ、間違ってはいないが。

 正確に言うと、男性恐怖症……そのきっかけとなった出来事を思い出し、人間不信に陥る。加害衝動はその末のことであり、言い換えると、防衛反応だ。


 ……みなまで言わないのは、やはり、カーラさんと大智さんは言葉ちゃんにとって……まだそこまで信頼の対象とはなっていないのだろう。


「はいはーい!! じゃあ次はイエローね!!!!」


 改めて自己紹介することに、興味を惹かれたのだろう。カーラさんは椅子から立ち上がり、意気揚々と手を挙げた。反対の声はなかったので、カーラさんはそのまま話し始める。


「イエローは、カーラ゠イエロー・パレットだよ!! イエローの異能の効力はぁ、ビリビリさせちゃうの!!」

「……」


 黙る一同。随分と端折った説明だ。


 ……カーラさんの異能力について、春松くんは確か……「赤は熱くて、青は冷たくて、黄色は痺れて……と、色から連想される効力を発する」とか、言っていた気がする。それと合わせて考えると……まあ、一致はしている。要は、電気を発生させる、ということだろう。


「他の人格の効力はぁ……イエローより適任の人格に、説明任せるねっ♡」


 カーラさんは頬に手を添え、てへっ、とでも言うように小さく舌を出す。……それと同時、髪の色がつむじから変化していく。


 ……海のような、青色。

 彼女の瞳も青に染まり、そして……大きなため息を吐いた。


「はぁ……『イエロー』ったら……面倒事をアタシに投げただけじゃない……」


 人格が、変わった。交代させられたらしいカーラ゠ブルー・パレットは、額を抑えて文句を呟く。……しかし腹を括ったのか、こちらに向き直った。


「仕方ないわね。任されたからには教えてあげるわ。……アタシたちの異能は「color pallet」。合わせて7つの効力を持っているわ。


 レッドの灼熱。ブルーアタシの冷却。イエローの麻痺。グリーンの治癒。インディゴの防御。バイオレットの魅了。オレンジの活力。


 自分の持つ色から連想されるような効力を発揮するわ。代償は伏せておく。言わなくても特に支障はないから」


 そう言うとカーラさんは、ふいっ、とそっぽを向いてしまう。……そういえば最近会ったカーラさんは、オレンジやイエロー……比較的私たちに友好的な人格だったから忘れていたが、この人、そういえばこういう人だった。


「伏せておくって……知っておきたいんだけど」

「どうして? 貴方みたいに、他者に迷惑をかけるような代償じゃないわ。だったら言う必要もないでしょう?」


 迷惑、と言われ、言葉ちゃんの表情があからさまに歪む。しかしやはりカーラさんは、棘を纏ったような態度を崩す様子はなかった。

 でも、と呟いた言葉ちゃんに、カーラさんは大きなため息を吐く。


「……貴方の言った代償も、それが全てじゃないでしょう。全てを言わないのは、貴方にも言いたくないことがあるから。それと一緒よ。アタシたちにも、言いたくないことくらいあるの。それを掘り返さないでもらえるかしら」

「……ッ」


 カーラさんの言葉に、言葉ちゃんは微かに息を呑んで黙る。どうやらバレていたようだ。

 そして、こちらも聞かないのだから、そちらも聞くなと、そう言われている。


「……分かった。ごめん」


 小さく唸るように、言葉ちゃんが謝罪を絞り出す。納得はしていない、というか、聞きたくて仕方なさそうだけれど、今回はどうにか抑えたらしい。

 カーラさんはそれに対して返事をしない。ふん、と小さく息を吐き出すだけだった。

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