進まない会話
「はぁい」
そこで手を挙げる人物がいた。それは黄色の髪をハーフツインテールにした……カーラさん。イエローは初対面だった。
どうした? と泉さんが発言を促すと、カーラさんはその手を両頬に当てながら口を開いた。
「『五感』逮捕って簡単に言いますけどぉ……具体的にはどうするんですか~? それだけヤバい人なら、身を隠してるハズですよね? イエローたちに見つけられるのかなぁ……」
そしてそのポーズのまま、不安だとでも言うように瞳を潤ませるカーラさん。……どうやらその一人称は「イエロー」と、いわゆる自分の名前らしい。そして性格は……何だろう。言葉を選ばずに言うなら、ぶりっ子って感じだ。
隣にいる言葉ちゃんが、「うわ」とでも言うような表情をしているのが横目で分かる。別に本人から聞いたわけではないが、この人、こういう人嫌いそう。
しかしそんな態度に泉さんは欠片も靡くような様子はなく。ああ、といつも通りの声で相槌を打つと、その疑問に答えた。
「まあそうだな。あいつらは指名手配犯……そう簡単に見つかるもんじゃないし、もし見つけたとしても捕まえさせてくれない」
「じゃあ……」
「でもこっちには、都合の良いチーターがいるんだよな」
その声の直後、突如背後に現れた気配。振り返ると……そこには、忍野さんの姿が。
私以外の3人は、軽く悲鳴を上げていた。
「いい加減俺に慣れろお前らは……はぁ。『五感』の内の何人かに、俺は会ったことがある。つまり、俺の『Navigation』を使えば、居場所の特定も容易い」
「そういうこと~」
いや~、ほんとに密香って便利だよね。と笑う泉さん。露骨に額に青筋を浮かべる忍野さん。うん、いつもの光景だ。
「え~、会ったことあるんですかぁ。やっぱり、こわぁい人なんですかぁ?」
「……別に、俺は何も思わないがな。まあ、間違いなく頭のネジは何本か飛んでる」
「……お前に言われたくないと思うけど」
「安心しろ、自覚はある」
言葉ちゃんの小さな、しかし忍野さんにしっかり聞こえるように吐き出された発言。忍野さんは躱すわけでもなく、あっさりと肯定した。……自分が変人だという自覚はあるのか……。
「……つーか、何をどうしたらそんな凶悪異能犯罪者と関わり合うことになるのさ」
今度はここにいる人全員に聞こえるように、通常の声量で言葉ちゃんが尋ねる。忍野さんは言葉ちゃんを一瞥してから、目を伏せた。
「……そういうコミュニティがあるんだよ。小物たちは徒党を組むのに使ったり、面白半分に犯罪予告をして楽しんだりしてる。……だが〝本物〟は群れるために来るんじゃない。情報収集や、本当の犯罪予告をしに来たりする」
「……邪魔するな、ってこと?」
「そういうことだ」
言葉ちゃんの予想を、忍野さんは肩をすくめながら肯定する。予想が当たってしまったことが嫌だったのか、言葉ちゃんは顔をしかめた。
「あちら側にもカーストみたいなものがある。『五感』はその中でもトップクラス……下手に関わろうとすれば、本当に死ぬ。だがあいつらはその界隈でカリスマ的存在だ。だから誰もが遠巻きにしていながら、動向を観察している……まっ、イケメンな生徒がイケメン過ぎて話しかけられない女子たちみたいなもんだ」
「急に雑な例え挟まないでくれないかな!?」
真面目な話をしていたはずだが、後半の緊張感のなさに、たまらず言葉ちゃんがツッコむ。だがそれで想像が出来てしまったのが……なんとも……。ちなみに私の中で浮かんだのは、生徒会長である言葉ちゃんに話しかけるなんて恐れ多い、と物陰から見守る生徒たちだった。何度か校内でそういう人を見かけたことがあるので。
「……俺も、やつらに会ったのはたまたまだった。たまたま行った先で、たまたま出会ってしまった」
「……?」
やけに「たまたま」というワードを連呼し、不機嫌さを滲みだす態度に、思わず私は眉をひそめる。
まるでその時、何かあったみたいな──。
「こいつね、『五感』の一部に半殺しにされたことあんの」
「ばっ」
すると私たちの背後で、盛大な爆弾を投じる人物がいた。もちろん泉さんだった。
忍野さんは大きく肩を震わし、目を見開く。……しかし次の瞬間には、殺意の籠った鋭い目つきを、泉さんに向けていて。
「テメェッ……!!」
「え~、どうしたの密香~? 俺はただ、『五感』は凶悪犯罪者であるお前でも殺されかけるほどの実力を持っている、本当に危険な異能力者なんだよ~っていうことを教えてあげようと思っただけで~」
「もっと別の伝え方ってモンがッ……!!」
「えぇ~? 何怒ってるのさ~……あっ、密香って、無駄に高いプライド持ってるもんね? そっかそっか、そのプライド傷つけちゃってごめんね?」
「……テメェマジで、今すぐここでブッ殺してやる!!!!」
「やめてよ~、こんな狭いところでさ~」
これ好機とばかりに、泉さんは満面の笑みで忍野さんのことを煽りまくっていた。好き勝手言われた忍野さんは私たちの横を通り過ぎ、手から何かを生み出す。それがもう1つの異能力なんだろうな、ということは分かった。しかし私たちに止められる手段などあるはずもなかった。
殺意を放ち、容赦なく異能力を浴びせる忍野さん。そしていい笑顔のままそれを避ける泉さん。
「大体ッ、あの日は俺の人生最大の厄日なんだよ!!!!」
「半殺しにされたのが?」
「それもそうだが、その後のことだよ!!!!」
「えー、酷いなぁ」
「あ゛ぁぁぁぁっ……マジでテメェを殺してやらないと気が済まない!!!!」
「俺が死んだらお前も困ると思うんだけどねー」
戦闘をしながら会話が出来るとは、何とも器用なものである。こわぁい、とカーラさんは大智さんの背中に隠れ、言葉ちゃんは大きなため息を吐いた。
「あほらし。部屋出よ」
そして言葉ちゃんはそう言うと、私と大智さんの首根っこを掴む。そのまま後ろに引っ張られ、文字通り息が詰まった。大智さんは、ぐえっ、と苦しそうに呻いていた。
言葉ちゃんに引きずられるまま、私たちは部屋を出る。ちなみにカーラさんは大智さんの背中にべったりと付いていたから、一緒に出て来ていた。
言葉ちゃんは部屋を出ると同時、私たちの首根っこから手を離す。そして部屋の扉を勢いよく閉めた。すると戦闘音は聞こえなくなり、辺りに静寂が訪れる。……すごい防音だ。
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