雷電閃─欲張り─

せん、いい? この世の男はね、女の人を幸せにするために存在するのよ。だからあんたも、女の人を幸せにするためにその命を使うのよ。分かったわね」


 それが、父に捨てられた俺の母の、口癖だった。


 俺の母は、よく笑う人だった。俺は母が大好きだった。

 でも母は、ヒステリーな面があった。少しでも自分の意にそぐわないと、物を投げたり暴言を浴びせたりした。きっと父はそれに耐えられなかったのだろう。父はこの家を捨て、家を出た。俺は連れて行ってもらえなかった。


 俺は母を愛している。だから俺は、母に尽くした。自分のことは、全部自分でやった。母の手は決して煩わせなかった。

 そして、母の言いつけ通り、俺は女性に尽くした。女性を幸せにするために何事もこなした。容姿のお陰もあるかもしれないが、俺は女性にモテた。同性には嫌われたから、友達はいなかったが。


 明け星学園に入ったのは、成績によっては学費が全額免除だということ、異能力者のみの学園だということで、この異能力の使い方を学べると思ったからだった。



 ──そして俺は、その学園で、新たな出会いを果たした。



「ねぇ君、可愛いね。俺と友達にならない?」


 後ろ姿を見て、声を掛けた。黒髪にセーラー服。直感で分かった。この子はすごく美人だと。そしてこの日……入学式に来るのは、新入生しかいない。だから同い年だということも、分かっていた。


 するとその人物は振り返り、俺を見つめる。ステンレス製の眼鏡、切れ長の瞳、整った顔。やっぱり、すごい美人──。

 だが、そこで気づく。美しい顔面の下、そこにある、喉仏に。


「……確かに俺は美人だ!! 可愛い!! それは認める」

「お、おお……?」

「だが……ナンパ野郎に興味はねぇよ、この脳味噌下半身が!!!!」


 そして思いっきり飛んでくる、真っ直ぐなパンチ。俺は避けることも出来ず、それを真っ向から受けてしまった。そのまま俺は崩れ落ちる。

 薄れゆく意識の中、見上げた彼の表情はドヤ顔で……やはりとても、美しかった。





「ねぇ君、名前は?」

「お前……昨日の……」


 次の日、俺は彼の姿を見つけると、すかさず話しかけた。彼は嫌そうな顔をしつつも、無視をする方が面倒だったのだろう。素直に口を開いてくれた。


「……墓前はかまえ糸凌しりょう

「糸凌……へぇ、俺は生土いけど……」


 うっかり前の名字を言いかける。ゴホン、と俺は咳払いをして。


「……雷電らいでんせんだ! よろしくな、糸凌!」

「……突然名前を呼んで距離を近づけてくるパリピ……」

「え? 何か言った?」

「……いや、何でもない。執着雷電」

「執着? え?」


 糸凌はふい、と目を逸らす。それ以上聞いても、何も答えてくれなかった。





 糸凌が俺の中で「面白いやつ」から「唯一無二の友人」に変わったのは、ある出来事がきっかけだった。


 俺が校内を歩いていると、糸凌がとある部屋に入っていくのを見た。珍しいな、と思った。別館という居心地のいい場所を見つけていた彼は、本館で見ることはもう少なくなっていたから。

 だから俺は、それに付いて行った。場所を示すプレートを見ると、そこは被服室。不思議に思いつつそこに入ると、そこでは……。


「……糸凌? 何してんだ~?」

「うわっ!? ……何だ、執着雷電か……」


 相変わらず俺のことを変に呼ぶ糸凌は、大きく肩を上下させる。その手には布と、小さな縫い針が。


「裁縫?」

「……俺、服飾部に所属してるから」

「へぇ~、すごいね」

「思ってないだろ……」


 思ってるよ~、と俺は返す。……まあ、思ってるというか、反射的に口から出た言葉というか……テンプレート、って感じなんだよな。

 もしかしたらそれが、バレているのかもしれない。


「で、その服何?」

「……ゴスロリ」

「ゴスロリって、あの?」

「うん。……あくまで作品だから、着る人はいないけど」

「ええ、もったいないじゃん。せっかくこんなに可愛いのに」


 ぽろっと出た言葉に、糸凌の手が止まった。俺が不思議に思うと同時、俺を見る糸凌の瞳が……すぅ、と、細まり。


「じゃあお前、着るか」

「マジで!?」


 予想通りで、俺は思わず吹き出す。女装したくない、より、やっぱこいつ面白いな、が勝った。





 袖を通すと、まさかとは思ったがピッタリだった。何で? と聞くと、俺が着る想定で作ったから。と答えられた。そういえば俺たちの視線は水平だ。身長が全く一緒なのだろう。体格はたぶん俺の方がいいけど。


「でも俺がなりたいのはオカルト少女だから、ゴスロリはあまり心に響かなかったんだよな」

「作ったくせに?」

「それは単純に、ダーク系統で可愛いものが好きだからだ」

「ふぅん」


 スカートの裾を摘まんだり、1周回ってみたりして、着心地を確かめる。しかしどんな動きをしても、服は俺に馴染んでいた。服に詳しくない俺でも、それがすごいことだということは何となく分かる。


 それを告げようと顔を上げた時、俺はあることに気づいた。

 ゴスロリがなくなってフリーになった糸凌の手。そこに、俺が先程まで着ていた服があるということ。もっと言うなら、何やら縫い始めている、ということだった。


「……何してんの?」

「ほつれたところを、直している」


 まあ、それは流石に分かるけど、と思ったところで、糸凌は真顔で続けた。


「服は毎日一緒。毎日洗う時、洗剤も柔軟剤も干し方も全部バラバラ。間違ったやり方をしてる日の方が多い。この服は中学生の時に買ったもの。袖や裾の長さが足りていない。かなり酷使されてる。……こうなって当然だ」

「……!!」


 俺は目を見開く。驚いてしまった。何故ならそれは……正解だったから。


 家で洗濯なんて、出来るわけなかった。水道代が勿体ないし、何より母にうるさいと言われる。だから色んな女の子の家にお邪魔する時、ついでに洗ってもらっていた。更に、新しい服なんて買う金はなかった。ねだるなんて、出来なかった。


「……服飾部って、そんなことまで分かるの?」

「違う。これは俺の異能力……糸の記憶を読む、というので見た。……ほつれてるのとか服のサイズがあってないのが気になったんだ。ごめん。勝手に見て」

「いや……」


 謝られたことに意識半ばに返事をしつつも、俺は彼の手元を見つめていた。すいすい、彼は糸を動かしている。まるで魔法のように、俺の服が血色を取り戻していく。そんな感じがする。……こいつは今、きっと、俺の服を直してくれている。


「……何でそこまでしてくれるの」


 単純な疑問を、思わず吐き出す。俺はきっと例の如く、こいつに嫌われていて。そんな俺の服を、何故直すのか。何故俺に謝るのか。俺には分からなかったのだ。

 糸凌はしばらく、黙っていた。布の擦れる音と、糸が通る音だけが、響く。


「……何でだろうな」


 ふと糸凌は、呟く。高くもない、低くもない。そんな声で。


「でも、俺のこの姿を見て、男だと分かられた上で、それでも変って言わないで話しかけられたのは……初めてだった」


 強いて言うなら、それだけだ。彼はそう言うとまた閉口した。真面目な表情で、服に向き直る。つまり、それって……。


「……俺のこと、友達って思ってくれてるってこと!?」

「……は?」

「やったー!! 俺同性の友達とか初めて!! ありがとな糸凌!!」

「誰もそんなこと言ってないだろこの究極ポジティブ脳味噌下半身がっ!!!! ……ばっ、お前っ、針を持ってる人間に抱き着くなぁぁぁぁ!!!!」





 その後結局、いつしか糸凌も俺のことを友達だと言ってくれるようになった。それに変な呼び方ではなく、「閃」と呼んでくれるようになった。更にどうやらあいつにとっても俺は、人生で初めての同性の友達らしい。やったね、仲間じゃん。


 ……でも、俺は母の存在と学費免除を条件に、その友達を裏切らなくてはいけなくなってしまった。……天秤にかけるまでもなく、俺は計画に参加することを選んだ。一応、脳裏にはよぎったけどね。


 ……後悔はしていない。だけど。


 あいつ、まだ俺のこと、友達って言ってくれるかなぁ。そう期待してしまう俺は、きっと欲張りになってしまったのだろう。

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