聖偲歌─懺悔─

 むかしは、ボクは、よくしゃべる子だったと思う。

 おしゃべりが好きだった。それで笑い合えたら、幸せで。


 どこで変わっちゃったんだろう、って考えると、たぶんあの時かな。


 ボクはようちえんに行っていた。おさななじみの、すぅちゃんといっしょに。ボクたちのママとパパの仲がよかったから、ボクたちもしぜんと仲よくなったんだ。


「さいかちゃん、いっしょにあそぼーぜ!!」

「あっ、ずるい!! わたしもさいかくんたちとあそぶ!!」


 みんな仲がよかった。おままごとをしたり、せいぎのヒーローごっこをしたり。友だちはいっぱいいた。ボクはとても幸せだった。


 でもすぅちゃんは、そうじゃなかった。

 すぅちゃんは、いのう力者だった。この時から、風をすぅちゃんの思いのままにうごかせた。


 ボクはすごいな、って思うだけだったけど、まわりはそうじゃなかったみたい。大人たちはすぅちゃんと仲よくしちゃいけないって言ってたみたい。だからすぅちゃんをあそびにさそう子はいなかった。


 でもボクはあそぶ時、すぅちゃんをぜったいにつれて行った。

 だってすぅちゃんがいないと、楽しい気もちが半分になっちゃうから。

 みんなこまってるみたいだったけど、むしした。だってボクは、すぅちゃんともあそびたいし、すぅちゃんのいいところに気づくきっかけになるかもだし!!


「さいか、ごめんね」

「なんで?」

「だって、わたしがいるから。さいかまできらわれちゃう……」


 すぅちゃんはよく、ボクにそうあやまってきた。でもボクはすぅちゃんにそんなことは言ってほしくなかったし、そんな顔もしてほしくなかった。


「だいじょうぶ!! だってボクは、すぅちゃんのことがだいすきだよ!! だからすぅちゃんとあそびたいの!!」


 手をにぎって、そう言うと、すぅちゃんは笑ってくれた。ボクはその笑顔が大好きで……とっても大好きなんだ。今も。


 するとみんな、だんだんすぅちゃんのこともさそってくれることがふえた。ボクはうれしかった。だってすぅちゃんが、あんなにうれしそうに笑ってたから。


 でも、それをこわしちゃったのも……やっぱりボクだったんだ。


 ちょっと考えれば、おかしいところはいっぱいあったんだ。だって、ボクが「これをしたい」って言ったら、みんないいよ!! って答えてくれた。「そのチョコがほしい」って言ったら、みんな自分のチョコをくれた。みんながやさしいだけだと思っていた。でも……ちがったんだ。


 ある日、友だちの1人が、トイレにまにあわなかった。いっぱい泣いたその子は、先生にこう言ったんだ。


「さいかくんが、トイレにいかせてくれなかった」って。


 ボクはそんなつもりは、ぜんぜんなかった。ボクは、って、言っただけだったから。だってみんな、いいよって言ったんだから。

 でもボクは先生におこられた。むりやり、お友だちをあそびに付き合わせたらいけませんよ、って。


 そのあとも、にたようなことがつづいた。みんなこう言った。「さいかくんが」、「さいかちゃんが」って。


 そのたびにボクは、おこられた。


 ふしぎに思ったママとパパが、ボクをとあるところにつれて行ってくれた。そこは、いのう力があるかをしらべるところだった。

 ボクは、いのう力者だった。

 ボクがおねがいをすると、みんな言うことを聞いちゃうんだって。だからボクは、しゃべったらいけなくなった。ボクのいのう力は、きけんなんだって。


 ボクのまわりから、だれもいなくなった。……ううん、でも、すぅちゃんだけは、ボクからはなれないでくれた。


「たとえいのう力があろうと、さいかはさいかです!!」


 そう言って、ボクの手をにぎってくれた。


「異能力を持っている人だけが入れる高校があるみたいなんです。偲歌、貴方さえ良ければ、一緒に行きませんか?」


 中学生になって、すぅちゃんはボクにそう言ってくれた。ボクはその手を、にぎった。

 すぅちゃんは、ボクのすくいだった。





 その日もボクは、学校……明け星学園の校しゃのウラにある花だんに行っていた。お花は見てると、心がぽかぽかするんだ。とってもやさしい気もちになれる。


 ……それがけっかてきに、すぅちゃんをくるしめることになるなんて、知らないで。


 いつもどおりお花にあいさつをしてから、ボクは校しゃにもどった。花だんからつぎのじゅぎょうの教室に行くには……りじちょう先生のへやの前を、とおらないといけなかった。

 りじちょう先生のへやの前をとおりかかった時……ボクは、ふと足を止めてしまった。


 へやのとびらが、ちょっとだけ開いてたから。

 のぞこうって思ったわけじゃないよ。本当だよ。……ただ、へやのとびらが開いてるって、教えてあげないとって思ったんだ。



「君には異能力を使って、この学園の生徒を無差別に襲ってほしい」



 たぶんボクは、聞いちゃいけないことを、聞いちゃった。


 こっそり中をのぞく。そこにはりじちょう先生と……いつしかボクに声をかけてきてくれたことがある……えっと、らいでんくん……? がいた。たしかあの時は、かわいいねって言ってくれたけど……すぅちゃんが飛びひざげりをして、おいはらってたっけ……あの時のすぅちゃん、カッコよかったな……なつかしいや。

 ……ううん、今は、そうじゃなくて。


「……どういうことですか?」


 らいでんくんは、少しこわい声でそう聞く。前話しかけてくれた時は、あんなに楽しそうだったのに。


「私は近い将来、異能力者のみで構成された軍隊を作りたいと考えている。それが上手くいくかどうか、この学園で実験をしたいんだ」

「……そんなこと、出来るわけ……」

「もちろん謝礼は弾むよ。……君は貧困家庭だ。学費を払うのも大変なんじゃないか?」

「……それは……」

「それに君の大事な母親も、私の監視下にあるということも、考慮してくれ」

「……」


 ボクにはその話はむずかしくて……でも、何か大変なことがおこっていると、それはわかった。


「……分かりました。協力します」

「理解が早くて助かるよ」


 次の授業も近いだろう? 行くと良い。と、りじちょう先生がらいでんくんに言う。するとらいでんくんはうなずいて、こちらに体をむけた。


 ……その顔は、とてもくらかった。


 おどろいて、いっしょに、ここからにげないと、と思った。

 ボクはあわてて音を立てないように、ろうかを走る。まがりかどの先ですわりこんだところで、らいでんくんがはんたいの方に歩いていく音が聞こえた。

 ほ、とすると同時。



「そこで何をしているのかな?」



 頭の上から聞こえた、声。

 顔を上げると、そこには……りじちょう先生がいた。ボクのことを、とってもこわい顔で見てて。


「……あ、う……」

「まさか見られていたとは……まあいい。ひじりくん、君には、瀬尾せおくんという幼馴染がいたよね?」

「……?」


 なんでここで、すぅちゃんのことが? ボクがふしぎに思っていると、りじちょう先生は、笑って。


「幼馴染のことが大事なら、ここで見たことは誰にも言わないことだね。……もし誰かに言ったら……瀬尾くんをどうにかしてしまうかもしれないからね」

「……!?」


 すぅちゃんが? ボクが聞き返そうとしても……ダメだ、声が、出なかった。


 ……こわい、この人が。

 笑ってない、その顔が。


 何も言わないボクに、りじちょう先生はただ笑うだけだった。そして、頼むよ、と言うと、りじちょう先生のへやにもどる。

 ……ボクは、うごけなかった。





 ボクが来ないことをしんぱいしてくれたんだと思う。すぅちゃんが、ボクを見つけてくれた。


偲歌さいか、どうしたんですか!? ……顔、真っ青ですよ……!!」

「すぅ、ちゃ……」


 口を開く。そして、ハッとなった。だって、しゃべったら、すぅちゃんが。


 でも、すぅちゃんがしんぱいしてる。

 何か、言わないと。

 でも、言ったら、すぅちゃんが……。


「あ、う」

「……偲歌……?」


 ボクは……。


「すぅちゃん……”何も聞かないで”、”ボクを……まもって”」





 すぅちゃんは、ボクをまもってくれた。だれがあらわれたって。どんなにこわい人があいてでも。どれだけボクがうたがわれても、ボクを信じてくれた。

 ……ごめんなさい。

 すぅちゃんは、いつだってずっと、ボクをすくってくれたのに。ボクはきみを、ふこうにすることしかできないね。




 ごめんなさい。

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