燃えカスたち

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「てっきりね、青柳くんは、君に裏切られて悲しんでると思ってたの。ちょっと悪い思考だけど、そこに優しくして付け込もうかなー、って考えてたんだ。でもね、あんまり落ち込んでなくて。むしろ生き生きしてるって言うか。だから、近づけなかったんだよね。近づく理由も思いつかなくて……」

「……」


 地面に倒れ、静かに痛みに悶える密香の前で、花温は淡々と喋っていた。

 何を聞かされているんだ、俺は。と密香は思わざるを得なかった。


 先程から花温は、退屈なのか自分の話ばかりしていた。青柳くんがどれだけカッコいいか、とか、それに比べてお前は……とか、高校生時代の思い出とか。誰も聞いていないのに、というか、聞きたくもないのに、ペラペラと喋り続けている。


 ……こちらは、与え続けられた痛みのせいか、久しぶりに昔のことを思い出して、ただでさえ苛ついているというのに。密香は気持ちそのままに舌打ちをしたくなったが、今は彼女を煽りたくない。


 こうして彼女は話し続けているので、脱出を試みる隙も無い。トイレにも食事にも向かわないのだ。本当に、一瞬たりともこちらに隙を与える気などないらしい。犯罪者としては優秀だ。


「それなのに君はさぁ。退学したくせに、その後青柳くんに拾ってもらってさぁ。羨まし……じゃなくて、本当に、青柳くんの慈悲で生かされたくせに、青柳くんのこと殺したいとかほざいてるって、本当にどういうこと? 涙を流して感謝の念で打ち震えるならまだしも、青柳くんのこと殺そうとするだなんて……」


 女ってめんどくせぇな……と、人生で何度も思ってきた台詞を、密香は心の中で呟く。要は、泉を密香に取られたから嫉妬しているのだろう。今回の件の犯行動機の1つとして含まれていそうだ。


 全く、向こうが俺のこと拘束するから、一緒に居るだけだっつーのに。どいつもこいつも俺が悪いことにしやがって……。

 そもそも、泉のことが好きなら、さっさと告白でもなんでもすりゃいい話なのだ。それが出来ないから、縛れないのだというのなら、自分のせいにはしないでほしい。


「やっぱり、高校生の時、君が危険だなーって思った時点で、殺しておけば良かった。青柳くんの言うこと無視してでも、青柳くんのためには、そうするのが正解だった」

「……何か言われたのかよ」

「俺の大事な友達だから。……そう言ってたよ」


 花温から告げられたその言葉に、密香は思わず鼻で笑う。その光景が、容易に脳裏に浮かんだからだ。

 やっぱり、あいつは、そういう男でないと。


「……馬鹿だなぁ、本当に」

「……そうだね。こればかりは、同意。君みたいな人間のクズに、友達なんて優しい言葉を掛けるなんて。……お人好し過ぎて、1周回って馬鹿だよ」


 そこが、好きなんだけどね。そう言って花温は笑った。純粋な乙女のように、頬を赤く染めて笑って。

 その手は、密香の血で穢れていて。


「そして私たちは、青柳くんの光に焦がれて、でも焼かれちゃった、哀れな燃えカス」

「……一緒にするな」

「えぇ。一緒でしょ? 分かるよ、同類のことだったら。

 君も、青柳くんの光を知っている。そしてそれを絶えさせないようにしている。……君は青柳くんを殺したがっているのに、変な話だけどねー。矛盾だらけだよ、君」


 指を指され、頬を突かれる。振りほどきたかったが、そんな余裕もない。


 分かってる。きっと、理論整然としていない思考の上を、自分は歩いている。

 それでも俺は、もともと間違っている人間なのだ。だからそれでいいと、思っている。


 でもこいつは違う。間違いを正せと迫って来る。

 ……聞く義理はないが。


 何も答えない。何も反応をしない密香に、花温は小さくため息を吐く。反応を見るがために手を出してもいいが、なんせ加減があまり分かっていない。不用意なことをして、殺してしまっても興ざめだった。

 だから、そのまま密香の頬を突くだけに留めて。これだけでもきっと、彼のプライドを、ゆっくりでも傷つけることは出来るだろう。


「まだ、時間はたっぷりあるからね。話、続けようか」


 花温は、満面の笑みを浮かべながら、密香にそう持ち掛ける。

 密香は、答えない。


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