青柳泉~隣にいる理由~
結果的に、花温の忠告は、的中した。密香は泉と仲良くなろうと思ったわけではなく、あくまで自身の点数稼ぎに「可哀想」なお前を使っただけだと。お前みたいな出来損ないに優しくしてやったんだから感謝をしろ、お前なんて嫌いだと、面と向かって言われた。
でも泉は、別に良かった。自分が弱い人間だということは、自分が一番よく知っている。それでも、自分の良い面を見て、買ってくれる人がいるのだということを知れたし……何より、あの時密香に声を掛けてもらったから、今の自分がある。泉はそう思っていた。
むしろ、泉だって密香を見下していた。そのことに気づいた。どうせ密香も、他の異能力者と同じで、内心では自分を馬鹿にしているのだと。そう思っていることに気づいた。……泉は密香を信用しきれていなかった。
だったら自分も、同罪だ。だから泉は、密香を許した。特に新しい感情は沸き上がらなかった。
花温の忠告は、当たらないところもあった。泉は、1つも後悔しちゃいなかったから。
その後、泉は生徒会副会長に就任した。すると予想通りブーイングが殺到したが、生徒会長が完璧に論破して見せたし、泉はその期待に応えられるよう、一生懸命仕事に勤めた。……彼女の無茶ぶりに振り回されることだけが、本当に困ったが。
生徒会長が卒業すると、今度は泉が生徒会長に就任した。前生徒会長の後ろ盾が無くなり、再びブーイングが殺到したが……それは実力で黙らせてきた、つもりだ。言葉が加入したことで、声が小さくなっただけかもしれないが。
言葉には、生徒会長として教えられることを、全て教えたつもりだ。かつて自分が、教えられたように。
どうか君が、俺のように、誰かを信じられるようになりますように。どうか、かけがえのない出会いがありますように。そうしたら君が、心の底からの笑顔を浮かべられるように、なりますように。
彼女には、自分のパーカーをあげた。そうしたら、変な男避けになるかもしれないと考えたし、いつでも心は傍にある、お前の味方だと、そういう意味を込めて。
卒業後は、対異能力者特別警察に就職をすることになって……そこからがまた、地獄の再開だった。
あからさまに自分を舐め腐る上層部、割り当てられたのは〝問題児〟ばかりが集められたという特別部隊。その隊長。「かの有名な明け星学園の元生徒会長なら、このくらい楽勝ですよね?」という意図が、見え見えだった。だが彼らは〝問題児〟と言われるだけあり、なかなかの曲者ばかりで。
……それでも、「見捨てる」なんて選択、取れるわけがなかった。1周回って馬鹿、と笑って告げた同級生の顔が思い出される。本当にそうだと思った。でも、やるしかなかった。
それでも、何をしても上手くいかなくて。気づけば、記憶が飛んでいることが増えた。眠れないし、食事が喉を通らない。このままじゃ死ぬな、と他人事のように思った。でも、どうしようもなかった。
そんな時に見つけたのが、密香だった。
やはり、この時も直前の記憶がなかった。気づけば知らないところを歩いていて、気づけば路地裏で倒れている密香の前に立っていた。空からは雨が降っていて、傘を差しているのは少しでも残った理性のお陰だろうか。
「ねぇ、お前、死ぬの?」
今思い返すと、なんとも最悪な声掛けだと思う。でもその時は、ただ単純に、浮かんだ疑問を吐き捨てただけだった。これから死ぬ人間の気持ちを、純粋に知りたいと思った。
それは泉も、死の淵に立っていたからかもしれなかった。
……しかしふと、別の考えが浮かんだ。そうだ、こいつ持ち帰ろうかな。と、そんな突飛な考えだった。道端に生えていた花を千切って持ち帰る、くらいの気楽さで。
だから、その手を掴んだ。なけなしの理性で持ってきた傘を捨てて。密香を選んだ。
「生きて」
その言葉に、彼は答えなかった。ただ困惑した様に、泉を見つめるだけだった。
自分のために──否、隔離のために設けられた、海中要塞。そこに密香を連れ帰った。迎えなどなかった。だから泉は体力を振り絞り、医務室に連れて行った。そうして気力を振り絞ると、密香に怪我の処置を行って、寝かせて。……その後の記憶がない。
久しぶりに、眠れた。その感覚に戸惑いつつ目覚めると、そこには仏頂面の密香がいて。思ったこと、考えたことを、頭の中から垂れ流すがごとく喋ると、彼はずっとドン引きしているようだった。しかしそれに構うことなく、泉は密に頼んだ。俺の部下になって、と。
少し眠れた頭で考えると、密香が俺の部下になるわけないじゃん、と思った。だって、学生時代、俺のこと殺そうとしたんだぜ? 死んでも嫌だろ。と。
しかし意外にも、密香はそれを承諾した。どうして、と聞いたが、答えてはくれなかった。
そして、これまた意外だったが、密香は泉のために動いた。自分の元に、上層部の弱みとなりそうな情報を持ってきて、更に、部下からの信用を得るためにどうするべきか、助言をしてくれた。それは、生徒会長からの勧誘を断るべく、2人でどうするべきか考えていた、高校時代と似ていて。
どうしてそう頑張ってくれるんだろう。……あの日、雨の中死にかけていたのを助けたからだろうか。なんて考えておいた。深く考える余裕がなかっただけである。
泉は密香に、煙草を教えられた。最初は拒否したが、無理矢理吸わされ、煙で目がやられるわ、咳き込むわ、で最悪だった。……しかし、段々と慣れていって。今でもストレスの解消法として残っている。
密香の助けがあり、自分のメンタルも安定してきた。組織の体制も安定してきたし、部下からは話しかけられること、笑顔を向けられることも増えた。……そうなると、今後のことを考える余裕も出来て。
泉は密香を、正確に個人的な部下にすることに決めた。彼には、相談しなかった。……断られるかもしれない。そう思うと、言い出せなかったのだ。だから勝手に上層部に報告して──もちろん、いい顔はされなかたが、色々やってゴリ押して──安全装置をしっかりと設けた上で、密香を正式に部下にした。
いつか殺してやると、面と向かって言われている。密香が泉のことを嫌いなことは、昔から変わらないようだった。でも、良かった。むしろ、密香に殺してもらえるなら、それが幸せな気がする、とさえ思っている。本人に言ったら絶対にキモいだとか言われるし、自分でも大概おかしいと思っているから、口には出さないが。
自分は思ったより、密香に依存しているらしかった。だが、理由は分かっている。……2回、彼に助けられたことがあるのだ。1回は高校生の時。もう1回は「湖畔隊」隊長になってから。
彼がいるから、今の自分がある。
忍野密香は、「良い人」ではない。彼から離れた方がいいと、何度も言われたことがある。分かっている。だって、誰よりも近くに居るから。
それでも、泉は密香に救われてしまった。彼こそが、自分の光だった。
手放したくないと、心が叫んでしまった。
だからいつか、密香が自分を殺す、その日まで。
いつか殺されると、分かっていても。
俺はこいつの隣に、立ち続ける。
それが俺の、ワガママだとしても。
それが泉が、密香の隣にいる理由だった。
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