青柳泉~花温の忠告~

 意味が分からなかった。どうして自分が生徒会副会長候補として声を掛けられるのか。全く分からなかった。


 生徒会長と、接点がないわけではなかった。1度、助けてもらったことがあるのだ。校舎裏でリンチを受け、傷の痛みで動けなくなっていた時に。

 逆に言えば、それ以外に関わりなどなかった。あの時に見せたのは痴態だというのに。声を掛けられる意味が分からなかった。そういうのは優秀な生徒がやればいい。自分みたいな出来損ない、弱者がやることではない。というか、こんなやつを生徒会に入れたら、生徒会の評価も落ちるんじゃないか? と思った。……生徒会長の思惑が、全く分からなかった。


 だから密香に助けを求めたし、密香は自分の意思を尊重して、それに協力してくれた。持つべきものは友である。


 それでも、何故だか生徒会長の意見に賛同する者もいた。


「青柳くんは、生徒会に入るべきだよ。私もそう思う。生徒会長は見る目があるんだね」


 上迫花温。珍しく、自分と友人になってくれた少女だった。彼女は保健委員会に所属していて、怪我を負うことが多い泉と関わりを持つことになるのは、もはや必然のようなものなのだが。

 それでも、自分の某青狸トークに笑顔で付き合ってくれるし、日常の中で話しかけてくれることも多い。人がいいのは間違いなかった。


 そして、彼女にも「副会長になってほしいって言われちゃって」「俺なんか勧誘して、一体どういうつもりなんだろう」と、世間話の一環として言うと、彼女からそう言われたのだった。


「いや……何言ってるんだよ、上迫」

「え、だって青柳くん、誰にでも優しいじゃない。青柳くんって、青柳くんに辛く当たる人にも、困ってる様子があったら助けに行っちゃうし、頼まれたら断れないし、喧嘩を仲裁しに行って青柳くんが一番怪我するし。……1周回って馬鹿って言うか……」

「なんで馬鹿って言われないといけないんだよ。……だって、なんか、見ないふりとか出来ねぇんだもん……」

「あはは。そういうところだよ。……あとは青柳くん、普通に成績もいいし、運動も出来ないわけじゃないでしょ?」

「……まあ……」


 入学後、泉はより一層、勉学や運動に励んだ。それは、異能力で馬鹿にされるなら、それ以外のことはせめて、普通以上になろうと。お陰で成績は上位20位以内はキープしているし、体力テストの順位だって上から見た方が早い。

 それでもやはり、この学園は異能力中心社会だ。あまり功を奏しているようには感じない。


 それに、自分で「俺は頭いいです」だとか、「俺は運動できます」だとか、言いたくなかった。自意識過剰みたいで恥ずかしい。


「とにかく、青柳くんは絶対に生徒会に入るべきだよ!!」

「えー……俺としては、俺より、密香とかの方がそういうの、向いていると思うけど……」


 何故かゴリ押しされ、照れ隠しがてらそう言うと……花温が急に真顔になった。

 そのことに戸惑っていると、花温は少し迷ったように視線を彷徨わせる。そして、意を決したように口を開いた。


「ねぇ。……忍野くんだけど、私、あんまり……あの人に近づかない方が、いいと思う」

「……え?」


 まさかそんなことを言われるとは思わず、泉は思わず聞き返す。花温は真っ直ぐに泉を見つめた。


「なんか、あの人……何考えてるか分からないっていうか、笑ってるけど、本心から笑ってる感じがしない、っていうか……とにかく、なんか、危ない感じがするの!! ……それで、青柳くんに何かあったら……って、私、ずっと心配に思ってて……」

「……何言ってるんだよ、上迫」

「私は、本気だよ」


 花温の言葉を笑い飛ばそうとした泉だったが、真剣な瞳で見つめられる。だから泉は、思わず押し黙った。


 分かっていた。彼女が冗談を言っていないことくらい。

 真剣に泉を心配し、真剣に告げている。


 ……だからこそ泉は、言い返した。


「心配してくれる気持ちは、嬉しい。でも、あいつのことを悪く言うのは、やめてほしい」

「でもっ……」

「あいつは俺の、大事な友達だから」


 ごめん。と笑う。その表情に、今度押し黙るのは花温の番だった。

 しかし、諦めたわけではない。俯くと、小さく呟く。


「……いつか、それで青柳くんが後悔したとしても、私……知らないから」


 そして彼女は自席から立ち上がると、逃げるように立ち去って行った。その背中を見送り、泉は小さくため息を吐く。……上手い返しが出来ていたらな、と思って。


 対人は、苦手だ。人の前に出ると、何を話せばいいか……頭が真っ白になって、分からなくなる。

 よく考えて出した言葉だとしても、後から何度も反芻してしまう。あれが本当にベストな答えだったのか。もっと上手い言い方があったのではないか。


 ああ、やはり、生徒会とか本当に無理だな。泉は自嘲気味に笑った。

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