青柳泉~大海を知る~
青柳泉の高校時代を振り返ろう。そして、もし「一言でまとめろ」と言われたら、十中八九こう返すだろう。「最悪だった」、と。
いい思い出が、なかったわけではない。むしろ、人生のハイライトに間違いなく入る、走馬灯というものが本当にあるのなら間違いなく流れてくる記憶もある。だがそれでも、高校時代は8割が「最悪なこと」だった。
青柳泉は、周囲に異能力者がいない環境で生まれた。そうなれば当然、異能力を持っている泉は「すごい」と持て囃されるわけだし、それで少なからず自己肯定感が構成されるのは、自然な流れだった。
優秀な生徒──それも、異能力者しか進学できないとされている高校、明け星学園に合格した時も、周囲の人に応援されて、期待に胸を膨らませて入学した。きっといいことがある。異能力の結果も、そんなものだったから。
でも泉はそこで、現実を知った。
自分の持つ異能力が、いかにちっぽけで、取るに足らない異能力だったのか。この異能力中心社会を、あっという間に転げ落ちていくような感覚。井の中の蛙、大海を知る。その言葉の意味を、誰よりも深く知った。
そうなれば、あとは早くて。泉は暴力に晒され続ける日々になっていた。いや、暴力だけだったから、まだ良かった。これで金をせびられたり、犯罪を強制させられなかっただけ、まだマシだったのだろう。でも、泉は地獄のような日々を過ごした。
暗闇を、生きていく。そう思った。もうこの高校生活に、光が差すことなんてない。ただでさえちっぽけな異能力なのに、外すようになってしまったらもう本当に終わりじゃないか。と思ったりもした。入学前に出した異能力の結果は、本当に何だったんだ。
超ラッキー。人生を変える出会いがある、と。
「君……どうしたの? すごい怪我だね、大丈夫?」
声を掛けられたのは、そんな時で。
そこにいたのは、灰色の髪に同色の瞳を持つ、少年だった。あどけなさの残る顔だが、その雰囲気は落ち着いていて、大人っぽさも感じる。
知らないやつだった。否、そんなことはどうでも良かった。
──どうせこいつも、他の奴らと同じだ。
「あ……? なんだよ、お前……」
だから、その手を振り払ったのだ。心を閉ざしていたから。
でもその時からきっと、その閉ざした扉は開き始めていたし、その隙間から光が伸ばされていたのだ。
それが、忍野密香との出会いだった。
その後、忍野密香は泉を見つけるなり、話しかけてくるようになった。本当に、取り留めのない話だ。今日の天気はどうだとか、次のテストの話だとか、あの先生がこの前こんなことして、だとか。しかも、泉が一部の気性の荒い生徒たちに呼び出されそうになったタイミングで話しかけてくるものだから、それとなく助けられていた。
こうして話していると、忍野密香という人間が、とても完成された人間だということが、よく分かった。成績は上位、運動も出来る、文武両道っぷり。真面目な性格で、与えられた仕事は期待以上の成果で返す。しかし、ただ真面目な優等生、というわけでもなく、冗談を言ったりといったユーモアも兼ね備えている。いつも彼の周りには人が集まっているが、それも頷けた。ああいう性格なら、誰にでも好かれるだろう。
それは泉も例外ではなく、段々と密香に心を開くようになっていた。彼の話に返事をすることも、笑顔を浮かべることも増えた。絆されたな、という自覚はあったが、絆されざるを得ないだろ、これは。と言い訳がましく思う。それほど忍野密香は、出来た人間だった。
だから、密香が副会長の最有力候補だという話を聞いた時は深く同意してしまったし、きっとそうなるのだろうと思っていた。要は、自分には全く関係のない話だと思っていたのだ。
「青柳泉、君を副会長としたいのだが、いいか!? いいよな!?」
「は!?!?!?!?!?」
あの日、生徒会長にそう声を掛けられるまでは。
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