真っ暗な未来へ

 泉は、話せる範囲のみを伝えた。次の任務のターゲットを伝えたところ、灯子の様子がおかしくなり、飛び出してしまったこと。それを追いかけた言葉だったが、そこで何か一悶着があったのか、言葉の様子もおかしくなってしまったこと。そして逆に、灯子はなんだか雰囲気が変わってしまったこと。

 泉から話を聞き終えた糸凌は、苦い顔で口を開く。


「……なるほど。青柳先輩にも、よく分かってないんですね……」

「うっ……面目ない……」

「いや。……聞きづらいですし、本人たちも教えてくれそうな様子じゃありませんもんね。……俺も、露骨に避けられましたから」


 その言葉的に、糸凌も灯子と言葉への接触を謀ったらしい。しかし失敗したようだ。


 確かに、糸凌は何かと目ざとい節がある。彼の前では、何を隠そうと、誤魔化そうと、バレているような気がする。……泉ももし隠したいことがあれば、糸凌のことは避けるかもしれない。


「まっ、俺は数秒でも接触できれば十分なんですけどね。……少しではありますが、お教えしましょうか?」

「! 本当か? それは助かる」


 思わぬ情報源が現れたと分かり、泉は思わず糸凌に詰め寄る。落ち着いてください、と苦笑い交じりに糸凌に言われたので、泉は少し気恥ずかしく思いながら、糸凌と距離を取った。

 それを見て糸凌は真面目な表情に戻ると、話し始める。


「俺の異能力……『絹の道しるべシルク・ロード』は、見たい情報を選べないので、断片的な光景しか見えませんでしたが……伊勢美は、過去を見ていました」

「……過去……」

「はい。……たぶん、ですけど。そのターゲットという人と伊勢美の間で、過去に何らかのトラブルが生じたんだと思います。彼女は、それを思い出していたのかと」

「……なるほどな……小鳥遊は?」

「小鳥遊先輩は……伊勢美を見ていました。……どんな会話が繰り広げられたのかは、分からないんですけど……立ち去る伊勢美の背中と……伊勢美の、満面の笑みが、強く記憶に残っているようです。……喧嘩、という感じでもなさそうですが……2人の間に何かあったことは、間違いないですね」

「……そうか……」


 糸凌の話す情報は、確かに少しだけだった。でも、2人の間に起こったことが多少なりとも分かっただけでも、十分である。

 ……恐らく、言葉が灯子のことをものすごく気にしていて、逆に灯子は言葉のことを全く考えていないのだろうな、ということも。


 泉が礼を述べると、本当に少しですみません、と糸凌は眉を八の字にし、申し訳なさそうに微笑んだ。


「……あと……こっちは役に立つか、分からないんですけど……」

「……? なんだ?」


 そんな前置きをする糸凌に対し、泉は首を傾げる。すると糸凌は続けた。


「……伊勢美は、何か……何かを、しようとしてるみたいで」

「何か……? 何か、って?」

「……すみません。そこまでは分からないんですけど……とにかく、止めないといけないようなことを……しようとしている、っぽくて」


 なんとも歯切れの悪い言い方だ。だが、糸凌の言うことだ。信じる価値はあるだろう。


 ……何より。

 先程異能力で見た、真っ黒な未来。それと伊勢美灯子とが結びつく音がする。


 何か、よくないことが起こる。……伊勢美灯子という少女を中心に。

 にわかに信じがたい、というか、あまり信じたくはないが。


 それでも、不思議と合点がいった。あの、いつもは見せない笑顔を見せていることも。……灯子の中で、何かが吹っ切れたのだ。灯子を繋ぎとめていた、何かが。……そしてそれが、灯子を真っ暗な未来へと導いている。


 そんな確証にも似た予感が、泉の中で腹落ちした。


「……分かった、ありがとう。……それなら、全力で止めないとな」

「……信じて、くれるんですか」

「当たり前だろ。それに、今の話を聞いて俺の中でも納得する部分があった。総合的な結果でもある」

「……そうですか。少しでも役に立てたなら、良かったです」


 泉の言葉に、糸凌はホッとしたように笑った。信じてもらえるか半信半疑で話したが、どうにか伝わって安堵したらしい。


「青柳先輩。……伊勢美と小鳥遊先輩を、どうかよろしくお願いします」

「……おう。任せとけ」


 泉の返事を聞き、それじゃあ、と糸凌は踵を返して立ち去る。……任されたからには、責任をもってやり遂げないと。心の中で呟き、泉は自分を奮い立たせた。

 その時丁度、今日最後の授業の終了を告げるチャイムが鳴り響く。次は密香のところに行って報告を聞こうと、泉は立ち上がった。



 泉と別れた糸凌は、1人廊下を歩いていた。本館での用事も終わったので、別館へ帰ろうと思ったのだ。


 しかしそこでふと──視界が回る。あ、と、思った時には既に遅く、糸凌の体はふらついて──。


「っと、あっぶなぁ!?」

「……?」


 そのまま壁に体をぶつける、と思っていた糸凌だったが、腕を誰かに掴まれたらしく、そこに温もりが生じる。顔を上げると、そこには誰かが居て……。

 まだ目が回っていて、上手くピントが合わせられなかったが……その輝かしい金色には、見覚えがある。糸凌はその名を呼んだ。


「……せん?」

「うん、お前の親友の雷電らいでんせんだよ!! ……じゃ、なくて。どうしたんだよ、体調悪いの?」


 どうやら予想は当たっていたらしい。座らせられながら問いかけられ、糸凌は思わず小さく笑いながら答えた。


「……異能力を使ったり……少し、無理し過ぎたかもな」

「えー、ちゃんと休まないと駄目だろ? ……何かあったの?」

「……まあ」


 その質問は、はぐらかす。話してくれないか、と、閃は少しばかり寂しい気持ちになって。

 ……自分の家庭事情を隠している俺が言えることではないか、と思い直した。


「詳しくは聞かないけどさ」

「……」

「何か困ったことがあったら、言えよ。親友なんだから。……肩を貸すくらいなら、出来るからさ」


 そう言うと閃は、糸凌の隣に腰かける。糸凌が顔を上げると、閃はニッと笑って。……ようやくピントが合ってきて、その笑顔はちゃんと見ることが出来た。


「……考えとく」

「えー!? そこは流石親友様……!! ってなるとこだろ!?」

「いや、俺のキャラ崩壊してるだろそれ……ていうか、頭痛いから叫ぶな……」

「あ、ごめん。……てか、それ保健室行った方が良くない?」

「……少し休めば、治る」

「そ。お前がそれでいいなら、いいけど」


 いつも以上に棘が強い返しに、閃は苦笑いを浮かべる。しかしそこで糸凌がふと、閃の肩に頭を乗せたので、閃は思わず嬉しくなってしまったのだった。


 一方、糸凌は人の温もりに思わず眠たくなってきて、瞼を閉じる。……その裏に浮かぶのは、先程見た光景で。



 伊勢美灯子の守護霊。彼女は、自分に必死に訴えかけて来ていた。



 ──お願い、灯子を止めて。灯子を、助けて。

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