最悪なことが起きる

 次の日、明け星学園の理事長代理兼「湖畔隊」隊長である青柳あおやなぎいずみは、いつも通り学校へ来ていた。仕事がある、というのはもちろんのことだが……。


 伊勢美いせみ灯子とうこと、小鳥遊言葉の様子をちゃんと見ておかないといけない。そう、思ったから。


 昨晩のことだった。「五感」を逮捕しろという任務、その6人目──「第六感」の資料を渡すと、灯子の様子がおかしくなった。彼女からは想像もできないような様子で取り乱し……そして飛び出したのを、言葉が追いかけて行った。


 その後に、何があったかは分からない。だが言葉は泣きはらした目で帰ってきて、灯子は先に家に帰ってしまったらしい。もちろん泉は、言葉のことを気遣いつつも、何があったのか聞いたのだが……「わかんない、わかんない」と繰り返すばかりで、何も聞けなかったのだ。


 一体、何が起こったんだ。「第六感」と伊勢美灯子には、何の関係がある? あの気丈な言葉が泣くくらいだ、何か並大抵ではないことがあったのだろう。今更だが、こっそり密香ひそかを付いて行かせるべきだったか、と後悔した。


 しかし、過ぎたことを悔やんでも仕方がない。聞けないのなら……調べを進め、現状を推し量るしかない。

 だから密香には、伊勢美灯子のことを調べるのを頼んで。自分は、学校に来た2人の様子を観察しようと、決めた。


 昨晩、一悶着があったと思われる灯子と言葉だったが……2人とも、普通に学校に来ていた。言葉は……自分の顔を見るなり逃げられたので、ショックを受けたが……それで、元気が無さそう、ということは十分に分かった。


 問題は、灯子の方だった。……いつも通りだった。どこまでも。


 いつも通り気怠そうに、授業を受けて。話しかけられたら最低限の答えだけ返し、授業の隙間時間には図書館で読書をしている。

 あんなに言葉は取り乱していたというのに、灯子は、いつも通りだった。


 ……ただ、多少の違和感もあった。……柔らかいのだ、彼女の纏う雰囲気が。


 よく見ると、笑う頻度が増えている。いつもの彼女は仏頂面のはずだが、今の彼女はどうだ。薄く笑みを浮かべており、普段より近づきやすい雰囲気で。……それが、異質だった。


 どう、解釈をすればいいんだ。昨晩、2人の間に何かがあったことは間違いないだろう。しかし言葉が調子を崩されていて、灯子は調子が良さそうだ。……何が起こっているのか、余計に分からなくなった。


 必死に考えた泉だが、やがて諦める。密香の調査の結果を待とうと思ったのだ。……彼なら、必ず有益な何かを持って帰って来てくれる。信頼があった。


 泉は異能力──「Slot」を使用した。現状、そして、今後の運勢を占う。いつものように、目測で止めることはしない。今の泉が知りたいのは、真実だ。そしてその真実と対峙して、少しでも備えておきたかった。


「……え……」


 結果を見た泉は、思わず小さく声を出す。突き付けられた結果に、目を疑ったからだ。

 真っ黒、だった。


 泉は余計に混乱する。今まで、こんなことはなかった。どんな事象でも、必ず結果は出る。そういう異能力のはずだ。……なのにどうして、何も見えないんだ。


 だが、1つだけ分かることがある。……最悪なことが起こる。きっと自分が今まで体験したことが無いような、そんな最悪なことが。

 確信のような予感を、抱いていた。


「──青柳先輩」


 するとそこで、名前を呼ばれる。泉は思わず、勢い良く振り返って。


「……大丈夫……じゃ、ないですよね。……酷い汗ですよ」

「……オカルト少女くん……」


 そこに立っていたのは、オカルト少女でお馴染み……墓前はかまえ糸凌しりょうだった。性別は男であるものの、相変わらず紺色のセーラー服をこんなにも着こなしている。

 見慣れた顔に、泉は思わず脱力するのを感じる。……そこでようやく、肩肘を張っていたのだと気づいて。……やっぱり、俺もまだまだだな、と心の中で呟いた。


「……どうしたの? 何か用?」


 泉はいつも通り、笑みを浮かべながらそう尋ねる。そんな泉を見つめる糸凌の瞳は……真剣で。

 まるで全てを見透かされているようだ、と、泉はどことなく居心地の悪さのようなものを感じた。


「……たぶん、青柳先輩がそう、酷い顔をしていることと、関係あると思うんですけど」


 糸凌はそう前置きをして、本題に切り込む。


「──小鳥遊先輩と伊勢美、何かありましたか」


 いつものような、変な呼び方もしていない。本気の本気で、2人のことを心配している。……その言葉だけで、そう伝わった。

 泉は少しだけ目を見開き、そして笑う。今度は、安堵した様に。


「……やっぱりお前は、すごいね」


 丁度、1人で抱えるには重いと思っていた頃だった。そんな思いで泉は、口を開いた。

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