第52話「決して切れない絡む糸」
裏切り
「……その後は、容易に予想出来るでしょう。僕はののかを殺した。この、異能力で。……だから僕の身柄は、異能力の……警察や研究員などに、引き渡されました。異能力による殺人は、普通の殺人よりも重罪です。……極刑も覚悟していたんですけど、どういうわけか、生かされました。僕の異能力……『A→Z』と、何故か増えていた『Z→A』が、何かしら有効活用される可能性があると、判断されたみたいで。……僕は合格した高校を1日で退学して、その1か月後に……明け星学園に、入学しました。異能力の使い方を学んで、身に着けるために。
……事の顛末は、以上です」
長い、話だった。恐らく30分も話していないが、体感的には、何日間も話を聞いていたような……そんな怠さがある。それだけ、今聞いた話は言葉の中に、重く深く──圧し掛かった。
「……ののかを殺したのは、僕です。分かっています。悪いのは僕だって。でもそのきっかけは、あいつだから……あいつがいなければ、ののかは苦しむことも無かった。今だって、普通に生きて、普通に学校に行ってたはずだった。だから僕は、あいつのことを絶対に許さない。絶対……絶対に……」
灯子は熱の籠った口調で、そう告げる。その切羽詰まった様子に、言葉は何も言えなかった。
どう、言葉を掛けるべきか、分からない。いや、そもそも、話を聞いただけの自分が、何か軽々しく口にしてもいいものなのか。
……話を聞けたのは、良かった。でも、自分はそれに向き合う覚悟が無かった。……それが、分かってしまった。その事実を、こんなにも突き付けられてしまった。
「……取り乱してしまって、すみませんでした。話したら少し落ち着いたので、もう、大丈夫です。でも……もう今日は、帰りますね」
黙る言葉に対し灯子が、控え目ではあるものの、笑う。誰が見ても、安心させるような笑みを。
言葉は、息を呑んだ。こんな……こんな残酷な笑顔があるのか、と思って。
何も答えない言葉を、灯子が気にする様子はない。廊下のベンチから立ち上がると、言葉に背を向け、歩き出す。止めなければ、と思った。先程と違い、灯子の足取りに迷いがない。
……このまま行かせたら、きっと、最悪なことが起こる。そんな予感があった。
「……灯子ちゃんっ」
言葉は慌てて立ち上がると、その名を呼ぶ。灯子が、足を止めた。振り返ることは、ない。
ひとまず、止まってくれた。でも、何を言えばいい? どうすれば、どうすればいい。……そもそも自分は、一体何をしようとしているんだ? 言葉の中で、思考が巡り、巡って。
「……約束、したよね。1人で、危ないことしないで、って……」
声を、絞り出す。あの時、元気のない言葉を見て、連れ出してくれた。自分より小さい、しかし誰よりも信頼できる、灯子の背中を。公園でそう約束を交わしたことを、思い出して。
約束、したよね。だから、どこにも行かないよね。ねぇ。
言葉の言葉に、灯子はゆっくりと、振り返った。
──笑顔。
「……ええ。当たり前じゃないですか」
息が、止まる。
灯子はそれだけを告げると、再び歩き出してしまった。言葉が引き留められたのは、せいぜい数十秒で。……それ以上は、出来なかった。否、繋ぎとめることが……出来なかった。
灯子は、行ってしまった。1人で。もう、戻れないところまで。
言葉の全身から、力が抜けた。抜けて、へなへなと、その場に座り込む。床に直接、などと、そんなことを考える余裕も無かった。
──嘘。
今、灯子は、嘘を吐いた。言葉には分かる。彼女は嘘を吐いていた。
それだけならまだ、良かった。それだけなら……ちゃんと、怒ることが出来たかもしれなかった。でも、出来なかった。──灯子は、その嘘を全く隠す気がなかった。そう、分かってしまったから。
今まで隠したことを、
もう、何も言葉が届かない。……そう、悟ったから。
知りたいと、思っていた。人のことを跳ねのける割には、寂しそうな顔をしていて、そして悪態を吐く割には、人との関わりを拒絶しきることも出来なくて……優しい、素敵な子。そんな彼女が、不器用にも隠していることを。
いつか、それを吐き出してもらえるような存在になれたらいいな。……そう、思っていた。でも、吐き出してもらった結果。それがこれだ。
受け止めきることが、出来なかった。どうすればいいか、分からなくなってしまった。結果、灯子は自分の預かり知らないところへと向かおうとしていて、自分は何も出来ず、何も言えず、ただ座り込んでいるだけ。
……何より。
言葉は灯子に対して、嫌悪感を覚え始めてしまっていたから。
灯子は、人を殺したことがあるのだ。しかも、異能力で。……それは、許されないことだ。今までそれを隠して、自分の隣にいたんだ。
そんなことをしていたなんて。……今まで自分は、裏切られていたのだ。
それに……。
『ののかは……貴方に似ていて、元気で、全然人の話を聞かなくて……それでも、自然と人のことを笑顔にさせる。……そんな子です』
理解してしまった。自分は今まで、一星ののかの代用品だったのだ。
灯子は、自分のことを見ていてくれていると思っていた。明け星学園の生徒会長でも、女でもなく。──
……でも、違ったんだ。
座り込んだ言葉の瞳からは、涙が溢れ出る。既にキャパオーバーだった。灯子から聞いた、衝撃的な話。そして灯子から自分に向けられた視線の正体も。……全て、知ってしまったから。
でも、何よりも苦しいのは。
言葉は、灯子を嫌いになりきることが、出来なかった。そうなるには……もう、遅すぎた。言葉は灯子に心を開いているし、彼女をこんなにも……好いている。今更、嫌いになんてなれない。
彼女に差し出した自分の柔い部分。それを彼女は、いとも簡単に切りつけた。酷く傷ついた。でも、嫌いになれなかった。……なれないのだ。
きらい、きらい。でも、だいすき。ちがう、きらい。……こんなにだいすきなのに、きらい。
「……うっ……」
言葉の口から、嗚咽が漏れる。涙は止まることを知らなくて、動けない。
静かな廊下に、言葉のか細い泣き声だけが、響き渡っていた。
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