最後の抵抗

 だから私は地面に倒れながら……その場に、手を付く。……一か八か、にはなるが。

 私は言葉ちゃんを見つめる。言葉ちゃんは私の視線に……気づいた。


 別に、目を見れば話が通じるなんて、思っていない。

 だけど、何故だろう。今の私たちは、通じ合っているような気がした。


「……!!」


 私は手に、ぐっと力を込める。



 すると地面が、5



 まあ、沈んだというか……5センチほど地面を消しただけなのだが。


「……!?」


 彼の驚いたような声が聞こえる。

 春松くんにとって、倒れた私はノーマークだった。そんな私が最後の気力を振り絞って異能力を使うなんて、思っていなかったはず。


 諦めが早いと、私の弱点について、彼はそう言った。

 だったら私の今のこの行動は、私の弱点克服の証明となった……ということに、なるだろうか。


「……ッ!!」


 そして言葉ちゃんは、やって来た好機を見逃さない。春松くんの声が聞こえたところに……思いっきり、文字を投げる。それは、確実に「何か」に被弾した。空中で、不自然に止まったから。

 言葉ちゃんの攻撃のダメージで、異能力が解除されたのだろう。春松くんの姿が現れる。彼は文字に弾かれ、無抵抗に後ろに傾き始めていた。


 ……が、彼は倒れるその勢いのまま、地面に両手をついてバク転を披露した。着地をすると、持っていたナイフを……言葉ちゃんに投げる。言葉ちゃんはそれを避けたが、髪の毛が何本か切れて、宙を舞い、地面に落ちていった。


 どちらも確実な一手にはならず、立ち続けている。2人は睨み合い、次の一手を繰り出そうと手をかざし──。


「ま、こんなものだな。はい、終わり~」


 泉さんのそんな気楽な声が響き、2人は手を出したまま動きを止めた。


「お疲れ様、いい戦いっぷりだったよ~」

「……どうも」

「あ~~~~めっちゃ悔しい!! 僕としたことが、夢に後れを取るなんて~~~~っ!!!!」

「……いつまでも余裕で勝てると思ったら、大間違いなんだからな」

「は~~~~!? 次は僕がぶっちぎりで勝ってやるし!!!!」

「俺も、易々と貴方を負かせるよう精進しますよ」


 ……相変わらず、息が合っているというか、テンポの良い会話が聞こえる。ぼんやりと聞いていると、私の目の前に誰かがしゃがんだ。


「伊勢美、大丈夫か? 起きれるか?」

「……泉さん……」


 手を差し出され、私はその手を取る。そして肩に手を添えられ、私はゆっくりと立ち上がった。……言葉ちゃんの異能が直撃した脇腹が、ズキズキと痛んでいる。

 立ち上がったものの顔をしかめている私に、泉さんは少しばかり困ったような微笑みを向けてきた。まるで、どうすればいいか決めあぐねているように。……しかし、やがて静かに呟く。


「……密香ひそか、頼める?」

「ったく……心配性で過保護だなお前は。このくらい、少しほっとけば治るだろ」

「うん、ごめん」


 泉さんが呼ぶと、すぐに忍野おしのさんは泉さんの横に現れた。……相変わらず神出鬼没だな、と私は驚きを隠しつつ黙っていた。


 忍野さんはその手に何かを纏わせる。まあこの話の流れ的に、傷を癒すような効力のある毒なのだろう。毒と薬は表裏一体、とはよく言ったものだが。


「伊勢美、治療が終わったらパレットを起こしてくれないか? 俺が起こすと、セクハラになりそう」

「被害妄想だと思いますけど……分かりました」

「よろしくね」


 ……いやでも、カーラさんは……泉さんへの警戒心が強いからな。確かに不必要に触れてほしくなさそう、と結論付ける。そうしている間にも、忍野さんは手に纏わせた何かを両手で練り込んでいた。最初は液状だったのに、今は粘着質のもった物質に変化している。


「あの野郎……あいつは本当に昔から人の話なんて聞きゃしねぇ……そういうところが傲慢なんだよクソが……」

「……」


 そして何やら苛立ちをぶつけられている感が半端ない。ぐちゃぐちゃ、という音が乱暴に掻き鳴らされている。


「はぁ……まあいい。ほら、患部出せ」

「え……忍野さんが塗るんですか……」

「安心しろ、お前みたいな乳臭いガキの裸体に興味はない」


 逆に言えば、大人の女性だったら興味があるということだろうか。そう思いつつ、それを口に出すのは憚れたので、大人しく服を捲った。別に、羞恥心はない。この人の言う通り、性的な目で見られている可能性はないだろうし。

 私が患部を見せると、忍野さんは真顔でそこに薬(なのだろう)を塗ってくれた。乱暴な手付きだが、どこか優しいような気もした。……いや、まあ、普通に痛いのだが。


 塗り終わったのか、忍野さんはどこかからガーゼを取り出す。薬を塗ったところに当て、そしてそれをガーゼテープで固定してくれた。服を下ろして元の状態に直してくれる、までしてくれた。いや、別に最後はいらなかったけど。


「次に剥がす頃には治ってるだろうよ。もし治ってなかったら、俺の所に来い」

「……はあ……いつもどこにいるんですか」

「あいつの近く」


 舌打ち交じりに忍野さんは答える。その視線の先には、大智さんの肩を揺すったり頬を突いたりして、起こそうと奮闘している泉さんの姿が。なかなか起きないようで、苦笑いを浮かべている。

 その傍らには春松くんも立っていて、少し気まずそうだった。大方、気絶させたのは自分だから、気にしているのだろう。


 と、そこで気づく。先程まで春松くんと話していたはずの言葉ちゃんの姿が見当たらないことに。


「こんの……セクハラ男がよぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!!!!!!!!」

「……」


 すると怒号が響き渡って、忍野さんは黙って一歩下がる。するとつい一瞬前まで忍野さんがいたところに伸びる、美脚。そして私の前に、言葉ちゃんが立ち塞がった。


「……何だよ、ただの治療だろうが」

「お前は!!!! なんか駄目!!!!」

「なんか駄目って何だよ……安心しろよ、お前らみたいなガキに興味ねぇから」

「あるないの問題じゃないんですぅー!!!!」


 言葉ちゃんはぶんぶん腕を振っている。……なんだろう、庇われている側として、居心地が悪い。


 気づいたら大智さんが起きたらしく、男性陣3人がなんだなんだとこちらに近寄り、カーラさんも勝手に起きたらしく、こちらを訝しげな表情で窺っていた。


 ……はぁ、戦闘の後だっていうのに、元気だな……この人……。

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