協力プレイ

「……ま、俺も様子見はここまでとさせてもらおうか。……誰かさんに煽られたこともあるし」


 後半の声は、若干低かった。姿は見えないが、そのいつも以上に鋭い視線は言葉ちゃんに向けられているのだろうな、ということは容易に想像出来た。……当の本人は、余裕綽々といった様子で微笑んでいるけれど。


「〝杖よ、全てを切り裂くナイフとなーれ〟っ。……更に……『春眠の夢』!!」


 もし姿が見えていれば、きっと彼は最高の笑顔を浮かべているのだろうな、と思った。だってこんなにも声が、弾んでいる。


 本来、異能力名を言わずとも、異能力は発動できる。それでも自分の異能力名を叫んだということは……彼は、気分が高揚しているのだろう。この戦いに。

 ……戦闘狂は、ここにもいたらしい。


 私は小さくため息を吐いてから、日本刀を構え直す。……次の瞬間、ものすごい衝撃がこちらに向かってくるのが分かった。

 反射的に全員が真っ向勝負を拒み、後ろに飛ぶ。……それと同時、地面に衝撃が走った。……いやこれ、ナイフの威力ではないような気がするのだが……!?


 着地に失敗して地面を転がった大智さんは、その勢いのまま地面に手を付く。すると、無数の岩が隆起し始めた。その衝撃が走ったところを取り囲むように。

 ここで彼のことを閉じ込められるのが一番いいけれど、なんせ、岩のスピードは遅い。これじゃあ、すぐに逃げられてしまう──。


「……アタシの青は、冷酷の色。……その寒さに、震えて眠りなさい!!」


 しかし、すかさず叫ぶ声があった。カーラさんだった。


 彼女は持っていた筆を、全力で振るう。その毛先で息をする青色の絵の具は、カーラさんの動きに合わせて飛び散った。

 絵の具は岩やその囲いの中に無作為に被弾する。絵の具は岩に付いたところから徐々に凍り始め、囲うスピードを補う。更に、岩の囲いの中に入った絵の具も徐々に凍り始める。……体のラインを沿うように。見えない姿が、だんだんと浮き彫りになって来た。


「よしっ」


 これにはいつも冷静沈着なカーラ゠ブルー・パレットも、思わずガッツポーズを取っていた。まあこの人たち、特訓を始める前に軽い言い合いをしていたから……優位に立てていることが嬉しいのだろう。


「灯子ちゃん、手ぇ貸して?」

「……?」


 横に来た言葉ちゃんに言われるがまま、私は手を差し出す。すると言葉ちゃんに、指を絡められた。……それはいわゆる、「恋人繋ぎ」というやつで。


 一体なんなんだ、といつも冷めている心が更に冷めていくのを感じていると、言葉ちゃんが繋いだ手をそのまま前に向ける。……春松くんのいるであろう方向に。


「僕の『Stardust』の勢いを、君の『Z→A』で増強してよ。出来る?」

「……まあ、出来ないこともないですけど……この手の意味は」

「必殺技っぽくて、カッコ良くない?」

「……」


 そんなことだろうと思っていた、ので、ツッコミを諦める。


 言葉ちゃんもそれ以上言うような様子はなく、ただ手を繋いでいない方で持っているノートから、文字を引きずり出した。その文字たちには私には計り知れないほどのエネルギーを持っている。……そう、伝わる。


 私は彼女の手を、強く握って。集中する。弾丸よりも、もっと早い。風を切り、重力を無視し、目にも止まらぬ速さで春松くんに届くさまを、想像する。


 ──行ける。


「「──!!」」


 呼吸が重なるような、そんな心地が、した。


 私と言葉ちゃんの手によって引き留められていた文字が、勢いよく発射される。それはいつも見る言葉ちゃんの攻撃よりも、もっとずっと早い。私の異能力は成功したのだと、そう分かった。

 文字は止まることを知らない。それは易々と、硬くて割れることなどなさそうな岩を……貫いた。だがそれでも勢いは殺されることなく……春松くんに、被弾する。


「……えっ、大丈夫なんですかあれ……」

「大丈夫でしょ、あいつ、大怪我しても最悪自力でどうにかなるし……いや、ううん、あれは……」


 自分でそのスピードを補ったとはいえ、あの威力は流石に心配になってくる。まともに当たれば、大怪我は免れないだろう。

 だが私の心配をよそに……何故か言葉ちゃんは、冷や汗を流していた。


 その、次の瞬間。


「……ッ!?」


 背後から、悲鳴が響き渡った。それと同時に、目の前にある岩が砕け散る音が聞こえる。……慌てて振り返ると、そこには気絶して倒れている大智さんの姿があった。


 ……私が分かったのは、春松くんはまだ動けるのだということ。身長差のある大智さんをいとも簡単に倒してしまったということ。そして……私たちの先程の攻撃には、何の意味もなかった、ということだ。


「は……!? 何が起き、て」


 倒れた大智さんを見て、カーラさんが目を見開くが……すぐに目を閉じて、倒れてしまう。そしてその髪から、青色がどんどん剥がれだして。


 それを呆気に取られて見ていると……何か殺気のようなものを、感じた。いや、殺す気はないと思うが、確実にこちらを仕留めようと思っているような……。


 私は反射的に日本刀を構えた。そして瞬間的に手にかかる衝撃。金属が擦れ合うような音が響いて、耳が痛い。……だがそのお陰で、春松くんが今目の前にいるということ、私はナイフを受け止めることが出来たということが分かった。


「へぇ、成長したな、伊勢美」


 賛辞の声が、耳に届く。返事は出来なかった。そんな余裕、なかった。


 視界の片隅で言葉ちゃんがすぐ動くのが、見える。……しかし彼女の視線の先には私がいて。そして私に向けて異能力を飛ばしているのが分かった。

 だが分かったところで、対応する余裕などなくて。……私の脇腹に、それは勢い良く被弾した。……息が詰まるような衝撃で、悲鳴も出せない。


 そこで言葉ちゃんは、ようやく私に攻撃をしてしまったと気づいたのだろう。えっ……!? なんて戸惑ったような声を出し、露骨に青ざめた。


「らしくないですね、言葉さん。……いつもの貴方なら、……俺の異能力に、気づくでしょう」


 春松くんのそんな声は、倒れた私の耳にも届いた。そうか、言葉ちゃんが迷いなく私の飛ばしたのは……彼女の目には、本来私が立つ位置に春松くんがいると、そう見えていたから。


「それだけ焦ってたってことか? それか……いつもは1対1タイマンだけど、今日は協力プレイだから? ……まっ、そこの自己分析は、貴方は勝手にやりますよね。俺からは何も言いません」


 十分言っているような気がするが、と思ったのも束の間……春松くんが地面を蹴る音がする。最初は1対4から始まったはずなのに、気づけば1対1になっている。……言葉ちゃんを倒せば、春松くんの勝ちだ。

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