特別訓練、始め
私、
……いや、するように、というか、しているのか。
「俺は異能力で姿を消して、貴方たちに大なり小なり攻撃を仕掛けます。だからやることは簡単。俺からの攻撃を避けつつ、俺を捕まえられるよう頑張ってください。もちろん俺は抵抗します。以上」
そして説明はかなり端的で、雑だった。
いや、まあ、それ以上に言えることもないか……本来やるのもそういうことだし……。
「何か質問とかありますか?」
「……じゃあアタシから1つ、いいかしら」
「はい、どうぞ」
相変わらず青色の髪でいるカーラさんが声をあげる。春松くんは表情1つ変えず、発言を許可した。
カーラさんは前に垂れた髪を後ろに払う。そして言い放った。
「……貴方、隊長から優秀だとか言われていたけど、実力はどれだけなのかしら」
「……さぁ。もし自分で優秀とか言ったら、すごい慢心してるやつみたいになりそうだし、謙遜するのもなんか癪だ」
「あら、はっきりしたらどう?」
「……1つ言えるのは、お前の持ってる筆は、俺が作ったものだぞ」
「……そう。それは世話になってるわね」
……なんだか2人の間に、バチバチと火花が散っているような気がする。それを言葉ちゃんは白けた目で見つめ、大智さんはおろおろし、私は興味もないのでこれからどうするかを考えていた。
2人は数秒間黙って睨み合っていたが、先にそれを破ったのは春松くんで。
「……まあ、とりあえずやってみれば分かることでしょう。ここで井戸端会議していても仕方ないですし」
「……ええ、そうね。すぐに終わらせてあげるわ」
「それは結構なことで」
春松さんは分かりやすいまでの愛想笑いを浮かべ、カーラさんは挑戦的な笑みを浮かべる。しかしすぐに同時に目を逸らした。残ったのは、ギスギスとした空気。
春松くんは目を逸らしたその勢いのまま、私たちから少し距離を取るように離れる。そしてそれなりに距離を取ると、今まで静観していた泉さんが、思いっきり手を叩いた。
「それじゃ、始め~」
そんな軽い掛け声と同時に、視線の先にいる春松くんの姿が揺らめき……そのまま、消えてしまった。
まず動いたのは、言葉ちゃんだった。すぐにポケットから手帳を取り出すと、そこに万年筆で何かを書き殴る。そして書いた文字を浮き上がらせ、そのまま……真横に振るった。
文字は弾丸の勢いで半円を描くように飛んでいき、部屋の半分ほどを薙ぎ払う。もし春松くんがその場に直立不動していたら、その胴体は真っ二つになっていたことだろう。
……だが血痕は現れないし、異能力が解除されるような様子もない。普通に逃げているのだろう。
言葉ちゃんもそれは予想通りだったのか、特に何かを言うような様子はない。ただこちらを振り返り、口を開いた。
「……夢の異能力は、視覚以外は騙せない。だから当たれば普通に感触があるし、横を通れば風が吹くし、動くような音も聞こえる。集中すれば、避けられないなんてことはないはずだよ」
それと同時、言葉ちゃんはその場から飛び退く。……春松くんが来たのだな、と分かった。だけど人がいるようないないような、そう思うくらいで、集中してもはっきりとは感じられなかった。
「流石、言葉さんは易々と当たってくれませんよね」
そこで、声が聞こえる。声だけだ。姿は見当たらない。……だけど、声が飛んでくる方向的に、春松くんが今どこにいるのかは、なんとなく分かるような気がした。
彼の苦笑い交じりの発言に、言葉ちゃんはニッと笑う。
「昔、夢と『透明鬼ごっこ』とかしてたからねぇ。僕は君が異能力を使っていようと、姿を気取れるよ!」
「……それ、並大抵の人間には絶対に出来ないんですけどね」
でも、まあ、と春松くんは小さく続ける。
「残念だが、言葉さん以外もこのレベルに達してもらわないと、困るからな」
「灯子!!!!」
そこで言葉ちゃんが、全力で私の名前を叫ぶ。え、と驚いたのは、一瞬だけ。私は日本刀を取り出すと、刀身の平らな部分でそれを受け止めた。……いや、これが何かは分からないけれど。
勢いをそのまま、上に流す。そしてそのまま遠慮なく刀を振るったが、残念ながら宙を切っただけだった。……上手くいかない。
「ごめん灯子ちゃん、焦って『ちゃん』が抜けた」
「いや……別にそれはどうでもいいですけど……どうするんですか」
実は、ものすごく驚いた。それは隠しておきつつ、私は言葉ちゃんに尋ねる。うーん、と言葉ちゃんは呻いた。悩んでいるようなので、私は助言を出す。
「例えば、彼の弱点とか……」
「夢の弱点~? ……悪口とか?」
「……精神攻撃は無しで」
「うーん、なんだろ……泉先輩?」
なんで泉先輩? と思った瞬間、言葉ちゃんが軽く首を振った。そして苦笑い交じりで。
「ひっどいなぁ、いきなり殴ろうとしないでよ」
「あんたに『デリカシー』って言葉を教えてやろうと思ってな……」
「えー、いいじゃん。核心は突いてないよ」
黙ってろ、という春松くんの声は、苛立ちが混じっている。それを煽るように、言葉ちゃんは笑った。だがそうしつつも、見えない姿への攻撃も忘れない。当たってはいないようだが。
……なんか、こうして戦ってる間も、内輪の会話をされると……なぁ。
少し拍子抜けしてしまうというか、気が抜けてしまうというか。蚊帳の外感があるというか。
だが、春松くんが地面に着地したような、掠れる音が響く。……それと同時、大智さんの異能力が炸裂。鋭い岩が、真上に伸びた。
「おっと」
彼の余裕気な声が聞こえたので、避けられたのだと分かる。わ、ぁぁ……と、仕掛けた大智さんは悲しそうな声をあげた。
だがなんとなく分かる。今の攻撃は、悪くなかった。春松くんはそう思っている。……何故なら、その余裕気な声は弾んでいたから。
今のは、苛立ちを忘れるほどの行動に値したのだろう。
「不意打ち、いいな。……そこですぐに仲間の行動を悟って、別のやつが追撃を飛ばせたら、もっと良かったけど」
息を吐く、か細い呼吸の音が聞こえる。
ため息ではない。まるで、精神統一をしているようだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます