第29話「傷が、優しさが、温もりが」
春眠の夢
私たち「湖畔隊」は、「3ヵ月以内に凶悪異能犯罪者『五感』を全員逮捕しろ」という任務達成に向け、本格的に動き始めることとなった。
まず逮捕に向かうのは、「視覚」と呼ばれる異能力者……
彼を捕まえなければいけないのだが、問題は、私たちが彼のスピードに付いて行けるかどうか。なんせ彼はその姿を人に見せない。だからこそ「視覚」と呼ばれているのだ。……姿の見えない相手に太刀打ち出来ず、一方的にやられてしまう可能性が高い。
だからこそ、「湖畔隊」の隊長である
そして今から、特別講師による緊急訓練を始めることになったのである。
「……そういえば春松くんって、異能力者だったんですね」
「……何だよ、藪から棒に」
訓練をするということは、いつも会議をするような小さな部屋に留まっているわけにはいかない。私たちは海中要塞に備え付けられているトレーニングルームに移動してきていた。ここでなら、どれだけ暴れても問題はない。
準備体操をしたり、軽く体を動かしたり、ストレッチをしたり……とおのおの訓練に向けて行動をしている皆さんを横目に、私は春松くんと会話を試みていた。私は、こういう時何をすればいいか、分からないので。
春松くんと初めて会った時、彼は自分のことを「魔法使いであり、異能力者だ」と言っていた……気がする。しかし、実際にそれを見たのは魔法ばかりで、異能力を使っているところは見ていないように思う。
だからこそ、さっき泉さんが「こいつの異能力は風桐迅とも通ずるところが無きにしも非ず……」とか何とか言っていた時、そういえば春松くんって異能力者だったっけ、と思い出したのだった。
「春松くんの異能力、見たことないので……」
「そうだったっけ?」
「……はい。後は、あれです。春松くん、
「……あー、まあ、確かにあの高校で異能力者っていうのは、珍しいよな」
私の言葉に、春松くんは苦笑いを浮かべる。私は少し視線を下げて、彼が今も身に纏っている制服を見つめた。……そしてそれは、紛れもなく若恩高校の制服である。
若恩高校の特徴は、歴史のある学校であるということ。そして異能力者が全くいない、ということ。だがどうやら後者は、既に破られた特徴であるらしい。
「確かに俺が入学するってなった時、ちょっとした騒ぎになったみたいだな。……まあ、俺の異能力はあまり危険性がないってことで、特に何も言われず入学出来たけど」
しかも春松くんが最初らしい。
「……そうなること、きっと分かっていたんでしょう。どうしてそこまでして若恩高校に……?」
「……別に、そこまで特別な理由があるわけじゃねぇよ。家から近かったし、偏差値も丁度良かった。もちろん、異能力者にフレンドリーな学校を選ぶことも出来たけど……でもどこに行こうと、俺はどこまでも俺なわけだし」
「……?」
「差別されるかもとか思ったりしたが、まあそれは慣れてるからな。……それは杞憂で終わったから、いいんだけど」
たまに春松くんは、よく分からないことを言う。自分の中で完結させているというか、他人に理解させる気がないというか。……別にいいんだけど。
面倒なので言葉の咀嚼を諦め、いよいよ一番大事な質問を投げかける。
「……結局春松くんの異能力って、何なんですか」
「ああ、それは……」
見せた方が早いな、と春松くんは小さく呟く。……次の瞬間、彼は私の隣から姿を消した。
「…………えっ」
驚いていたのも束の間、後頭部を誰かに小突かれた。慌てて振り返るが、そこには誰もいない。……な、なんなんだ、今のは。
かと思えば、私の目の前の空気が──揺れる。そんな表現が正しかった。陽炎のように揺れて、何かが現れ、空気と分離していく。やがてすぐに、その輪郭ははっきりした。……春松くんは、眼鏡のフレームを指先で押し上げる。
「今のが俺の異能力。……『春眠の夢』。幻覚を見せる能力だ。今のは俺と景色を同化させて、姿を見えなくした。他にも、無い物を見させることが出来たりする」
「幻覚……」
「俺のこの異能力なら、『姿が見えない相手』との戦闘の疑似体験が出来る、ってことだ」
なるほど、それで泉さんのあの発言。確かに近いと言えば近いし、別にそこまで近くもないような気もする。
「まあ、魔法で全く同じ状況を作り出してもいいんだけど……俺のへっぽこ魔法じゃ、限界があるからな。異能力の方がいい」
「はあ……」
「そういうわけだ。そろそろ始めるぞ、緊急特訓」
春松くんのその声に、私はため息を吐いてから頷く。
……なんだか大変そうだが、仕方がない。やるしかないのだ。
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