見知った特別講師

 決してこちらに姿を見せることがない、「視覚」の席に着いている凶悪異能犯罪者。


 ……。


「捕まえるとか不可能では」

「諦めが早いよ伊勢美」


 どうやら声に出てしまっていたらしい。泉さんが苦笑いを浮かべながら私にそう告げた。

 だが私以外の3人の顔にも、「無理では」と書いてある。そう思うのも仕方ないだろう。


「姿が見えなくても、問題ないよ。さっきも言ったように、こっちには密香がいる。……あいつは風桐に会ったことがあるから、居場所は分かるよ。逃げることは出来ない。……問題は」

「……僕たちが風桐のスピードに付いて行けるか……」

「ご名答」


 流石は小鳥遊だな。と泉さんが言葉ちゃんに笑いかける。すると言葉ちゃんは露骨に顔を赤くして、照れていた。別に、なんて言いながら、メッシュのかかった毛先を指に絡めている。照れ隠しなのだろう。


「お前らに肢体不自由状態になられても困るし、というか嫌だし、避けられる大怪我は出来るだけ避けたい。……そのために、特別講師を呼んだ。今から、緊急の特訓を始める!!」

「「「「……特別講師????」」」」


 私たちの声が重なる。そして泉さんの意気揚々とした紹介と宣言で出てきたのは……。


「そんな大層な紹介をされるほどのことは出来ないと思いますけど……」

「何言ってんだよ、いつも伊勢美のこと上手くやってくれてるだろ」

ゆめ!?」

「春松くん……」


 私と言葉ちゃんの声が重なる。


 そう、泉さんに特別講師と紹介されて出てきたのは……いつも私の特訓をしてくれている、春松夢くんだったのだった。


 いつもは「関わりすぎると話がこじれる」とか何とか言っているくせに、やけにあっさり出てきたな、と思った。


「尊とパレットは会うの初めてだよな。こいつは春松夢。高校1年生で、優秀なやつだよ。ほら……俺が死ぬと密香も死ぬとか云々の話しただろ、あれ作ったの、こいつ」

「……泉さん。褒めても何も出ません」

「……夢、顔真っ」

「黙れ」


 泉さんの真っ直ぐな誉め言葉に春松くんは顔を背ける。その顔色が見えているのか、言葉ちゃんが口を開いたが……春松くんが一言で止めた。

 すると言葉ちゃんはニヤリと笑う。面白いものみーつけた、とでも言うように。


「え~? 僕年上なんですけど~、そんな言葉使いしてもいいんですかぁ~?」

「確かに目上の方には敬意を払わないといけないと常々思っていますけど、貴方は目上というか5歳児でしょうが」

「はぁ~~~~!?!?!?!?!? やんのかテメェ!!!!」

「いいですけど? 昔と違って負ける気はしません」


 仲睦まじく話す様子に、私たちは口を挟めるわけがなかった。……だが割り込む人物が1人。


「こーら」

「いたっ」

「でっ」

「身内ネタで喋らない。3人が困ってるだろ?」


 泉さんが容赦ないチョップを2人の頭にかまし、苦笑いを浮かべながらそう告げる。言葉ちゃんと春松くんは、うぐっと呟いてから黙った。そしてほぼ同時に、ごめんなさい、と呟く。


「……ま、この通りだ。この2人はー……幼馴染?」

「「いや、腐れ縁とかそういうのが近いかと」」

「……仲良いなお前ら」


 ぴったりと声を重ねた2人に、泉さんは若干引いたような声色で反応する。確かに、ここまで上手く重なるものなんだな……。


 ……というか、言葉ちゃんは男性恐怖症ということもあって、あまり男性に近づかない。いつも、不自然ではない程度に距離を取っている。……そんな言葉ちゃんが何の躊躇いもなく心の距離を近づけているのは、珍しい。泉さんの時以来の驚きだ。


「……とにかく、こいつの異能力は風桐迅とも通ずるところが無きにしも非ず……というか、まあ近いようなそうでもないような……」

「……はっきりしてくださいよ、隊長」

「ま、上手くやってくれ春松」

「突然の丸投げ!? ……いいですけど。無茶振りには慣れています」


 泉さんに背中を叩かれ、春松くんは微かにつんのめる。そしてずり落ちた眼鏡を指先で戻しながら文句を言ったが……ため息の後、諦めたらしい。顔を上げると、真剣な顔で私たちを見つめた。



「……始まりがぐだぐだで申し訳ありません。でも、精一杯俺が貴方たちを鍛えるので……よろしくお願いします」



 よく通る声でそう宣言した春松くん。眼鏡の奥にあるその双眸は、強い光を宿していた。



【第28話 終】





第28話あとがき

https://kakuyomu.jp/users/rin_kariN2/news/16818023213248734546

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