怪しい2人組

 私は踵を返し、歩き出す。すると後ろから感じる気配もしっかり付いて来ているようだった。そのまま暗い路地裏に入り、入り組んだ道を進み、曲がり角を曲がって……。


「……あれ? ちょっと、いなくなってるじゃない!!」

「……え、えっと……僕たちのことに気づいたから、とか……?」

「そんなわけないでしょ!? 私の尾行は完璧なんだからっ!! ……きっとあんたが鈍くさいから!! 見失っちゃったんでしょ!?」

「ぼ、僕のせい……!? ……そもそも僕は無理矢理付き合わされただけなのに……」

「あー、うっさいうっさいどうしてくれんのよ!!」


 私はその会話を、黙って聞いていた。声で分かるのは、私を見ていたのが男女2人組だということ。どうやら女性側の方が気が強く、男性側が気弱そうだということ。……そしてやはり、私のことを見ていたと……。


 曲がり角を曲がった私は、そこにあった室外機の陰に素早く隠れていた。私は小柄だし、しゃがんで丸まれば姿が隠れる。こんな夜だし、ここは路地裏。暗いので、まず見つかることはないだろう。その場で息を殺しつつ、私は考えていた。


 ……この2人、目的は一体何なのだろう。私の跡をつけることのメリット……やはりこの異能力だろうか。だったら迂闊な接触は避けた方が良い。異能力を知られているということは、対策をされている可能性がある。理事長の時のように。


 だから私は、そのまま息を殺していた。願うのは、2人が早く去ってくれること。……聞いた限り、女性の方は短気なようだし……すぐこの場に興味を失って、去ってくれるといいのだが……。

 そう思った、が。


「……

「……!?」


 男性の声が、こちらの方に飛んできた。分かってしまう。確実にその声は、私に向けられていると。


「は? どこ」

「ぇ、っと……その……そこの、室外機の、裏……」

「……」


 あてずっぽうだとは、感じられない。バレているのなら、いつまでも隠れていても意味は無い。……私はゆっくり立ち上がった。

 暗闇で、2人のことははっきりとは見えない。だが一方は高身長、もう一方はとても小さいということは、そのシルエットで分かった。そして2人とも、私のことをじっと見つめている。


「……視線を感じましたから、貴方たちの正体を確かめるため、こうして隠れさせていただきました。……それで、私に何か御用ですか? そして、貴方たちは一体誰なんですか?」


 結局向こうの顔もろくに見れていないし、正体が分からない。向こうに異能力がバレているとしたら、こちらが不利なのはどうやったって変わらない。

 額に汗が滲み、どんな攻撃が来てもいいように警戒しつつ、両手をゆっくり開いたり閉じたりして……。


「……ねぇ、あんた、私たちのこと、見えてる?」

「……はい?」


 質問はことごとくスルーされ、そんな質問を投げかけられた。それどころか、逆に質問を投げかけられた。その意図を考えていると、どうなのよっ!! と怒鳴られる。うわ、と思いつつ、私は口を開いた。


「はっきりとは、見えていませんけど……」

「そ!! じゃあ、私たちのことは忘れなさい!! いいわね!!」

「……は?」


 思わずまた聞き返してしまう。なんというか、この人……色々何かをすっ飛ばしている感じがするというか……短絡的な人だ……。

 私の返事が気に食わなかったのか、彼女はその場で地団太を踏む。


「忘れろっつってんのよ!! あんたと一緒にいた男と女にも、絶対に……絶ッッッッ対に言うんじゃないわよ!! じゃないと、あんたのことブッ殺すから!!!!」

「……はぁ……」


 言葉ちゃんや泉さんのことも知っているようだ。じゃあ目的は、必ずしも私だとは限らない……? ……むしろ、この焦っている様子だと……。

 ……あの2人にバレると、何かマズいことでもあるのだろうか。この2人とあの2人は、知り合い?


 ……。


 ……私は巻き込まれただけ、ということか? それでこんな面倒なことに……。


「ちょっと!! 私を無視するんじゃないわよ!! ちゃんと返事しなさいっ!!」

「あー……はい、分かりました……」


 目の前でそう騒がれると鬱陶しい。私は適当に返事をした。

 すると女性はフンッ、と仰々しく息を吐き出す。


「分かればいいのよ分かれば!!」


 ……今の適当な返事で本当にこの人は良かったのだろうか……。


「……え……え、えっと……約束を守ってくれる感じには……えっと、思えないけど……」


 後ろにいる男性は疑っている。おずおずと女性にそう申し出ていた。……適当に返事をしておいてあれだが、こちらが普通の感性だと思う。


「はぁ!? 何言ってるのよ!! この私を前に、嘘を吐ける人間なんてそうそういないわ!! だから大丈夫よ!! それに、もし嘘だったらブッ殺せばいいだけだわ!!」


 ……この人はよっぽどの自信家らしい。完全に見くびられている。別にそれを悔しいとかは微塵も思わないが。それでこの人が満足してくれるなら、面倒なので、どうでもいいし。

 私はこっそりため息を吐いた。帰りたい……。


「そ、そう、かな……」

「そうよ!! あんた、ほんとに私のこと舐めてるわよね!! 失礼しちゃうわ」

「え、だ、誰もそんなこと言ってないじゃん……」

「言ってるようなモンでしょ!? ……はぁ、まあいいわ。帰るわよ!! じゃあね、おちびさん。もう二度と会うことはないでしょうね!!」

「わっ、ひ、引っ張らないでよっ……し、失礼しました……」


 2人はギスギスとした会話を交わしてから、その場から去って行く。私に軽い挨拶をしてから。


 ……嵐のようだった。どうして私の周りにはこうも……嵐のような人が集まるのだろう。

 ダークブラウンの髪にピンク色のメッシュ、深紅の瞳を持つこちらの話を全く聞かない生徒会長を脳裏に浮かべつつ、私はため息を吐いた。


「……戻るか」


 お手洗いにしては長すぎる。そろそろ心配されていそうだ。

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