2つの視線
泉さんに連れてきてもらったのは、とあるオシャレなカフェだった。中からはオレンジ色の明るい光が外へと漏れ出していて、カフェテラスもある。夕方なので、若干蒸し暑い。外は勘弁してほしいけど。
「イタリアンだけど、平気?」
「うん! 僕パスタ食べる~」
「……サラダがあるなら」
「あったと思う。じゃ、平気そうだな。入るか」
泉さんが店の扉を開けると、カランカランと軽やかな音がする。中から何名様ですか? と声が聞こえ、泉さんの横を通り抜けて率先して入っていった言葉ちゃんが、3人ですっ!! と意気揚々と答え……。
「──ッ」
私は、勢いよく振り返った。
今、何かを感じた。思わず、背中に汗が伝う。
なんだ、今のは……殺意、のような……。
「伊勢美ー、どうした? 入れるってよ」
後ろから、泉さんのお気楽な声が飛んでくる。……気づいて……ない……? こんなすごい人が? ということは、勘違い……なのだろうか。確かに私たちに向けられていた、背筋の凍るような殺気は……。
今は感じない。全く、これっぽっちもだ。……やはり、気のせいなのだろうか。念には念を入れて、私は辺りに気配を巡らす。……しかし、先程一瞬だけ感じたそれを、再び私が捉えることは叶わなかった。
「……何でもないです。行きましょう」
私は視線を前に戻しつつ、泉さんの言葉に答える。そっか、と彼は笑うと、席に向かって歩き出す。私も、その背中に続いた。
最後にもう一度、背後に意識をやる。しかしやはり、何も感じなかった。
「それでさ、小鳥遊、覚えてる? 金網の破れたところから無理矢理脱走しようとして、見事にハマったイチゴと大福」
「あー、覚えてる覚えてる! あの時は大変だったよねぇ、生物部の子は泣いちゃうし、イチゴも大福も動くわで全然取れないし……」
「……」
2人がなにやら思い出話に盛り上がる間で、私は黙々とサラダを食べていた。しゃくしゃくと、まるでウサギにでもなった気分である。そんな私に構わず、2人はウサギの話に夢中だ。
……ここのサラダ、美味しいな……野菜本来の味が感じられる……。
「あの後、金網の修繕したじゃん。なんかどういうわけか、気づいたらまた破れてたんだよねぇ」
「えっ、マジで?」
「マジマジ。今んとこイチゴも大福も脱走する感じないけど、ていうかあれ以降、生物部の管理体制強まったからね。まあ大丈夫なんじゃないかな? 人間はどう考えても通れないサイズだしねぇ」
そう言いつつ、言葉ちゃんはフォークを上手く扱ってパスタを絡め取っている。そしてその適当な発言とは裏腹、丁寧にそれを食べていた。行儀がいい。
「気づいたら、か……不思議なこともあるもんだな。まあ事件性はないんだろ?」
そして泉さんはピザを注文していた。こちらも行儀よく、ナイフとフォークで食べている。器用にピザを巻いて、一口で食べた。
「それはもちろん。まあほっといてもいっかな……って感じ」
「ん、ならいいよ」
……何と言うか、絵になる2人だ。
サラダも食べ終わってしまったので、私は手持無沙汰になった。初めに出されたお冷をチマチマ飲む。少しずつなのは、飲み終わってしまって店員を呼ぶのが面倒だから。まず、わざわざ話しかけるのが面倒。
2人の思い出話は、なかなか尽きそうになかった。よくもまあこんなに出るものだと、傍から見物し、聞き耳を立てる私は思う。
……私も数年後には、こうなっているのだろうか。
少なくともこの2人は、こうして思い出を共有できるくらいの時間を、一緒に過ごしてきたのだろう。そして今こうして、花を咲かせている。……もともとこういう話がしたくて、2人は会う約束をしていたのだろう。私はあくまで、横から入っただけ。
……正直、泉さんから何か聞けないかと思っているが……この調子だと、特に何もなさそうだな。
彼や彼女の強さの秘訣とか、彼女の弱点とか……聞くのが一番早いんだろうけど、疑われるのも面倒だし。彼は、飄々としているように見えて、そういうことに目ざとそうだ。
「……私、お手洗いに行ってきますね」
「あ、行ってらっしゃーい」
「だったらここ真っ直ぐ行って右だよ」
私の言葉に言葉ちゃんがすぐに反応し、泉さんが道案内をしてくれる。私は軽く頭を下げてから、言われた通りに歩き出した。
鏡の前で前髪を軽く整えてから、私はお手洗いから出る。そこで私は立ち止まり……ふと、横を見た。
お手洗いは店の入り口のすぐ横にある。つまり、私が今いる場所からだと、店の外が見えるのだ。
……先程のは、本当に、勘違いだったのだろうか。
私はそう言った方面は素人同然だし、本当の本当に勘違いじゃないのか? などと聞かれてしまえば、どんどん自信は無くなっていくだろう。
でも……本当に感じた、気がするんだけどな……。
私は店の外に出てみた。ありがとうございましたー、と背中に声が飛んでくる。……すみません、後で戻ります。
外はやはり蒸し暑いが、どこか涼しくもあった。一応きちんと、秋に近づいているらしい。だったらいいのだが。暑いか寒いかで言ったら、寒い方がまだマシだ。
「……」
そこで、視線を感じた。今日2度目である。だが……これは、さっきとは違った。
まず、殺意がないように感じられる。敵意はありそうだけど。
そして、それはいつまで経っても消えそうな気配はなかった。隠す気がないのか、隠すのが下手なのか。
ただ、視線を感じるばかりで接触してこないということは、きっと後者なのだろう。
はぁ、とため息を吐いた。面倒だ……。
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