帰路に荒れる疾風
制服に着替えて、着させてもらったゴスロリは丁重に畳んで棚の上に置き、被服準備室から直接廊下に出た。帰り際、被服室を少しだけ静かに覗くと、スケッチブックに必死に鉛筆を走らせる墓前先輩の姿があった。それを確認すると、私たちは今度こそその場を離れた。
自然と一緒に帰ることになり、私たちは校門から出る。送るよ、という雷電先輩の申し出は、素直に受けておくことにした。
「……というか私、文化祭でモデルをやることになってしまっている……?」
「……あー……」
そういえば、と思い呟くと、雷電先輩はそう言って足を止めると。
「……頑張って、灯子ちゃん!」
「え、ええ……モデルって、ステージ出ますよね……」
「まあファッションショーって言うくらいだしね……」
「……」
死にたい。
思わず俯く私に、大丈夫大丈夫~、と先輩が背中をさすってくれる。しかしこの沈んだ気分は晴れそうになかった。なんか、気分を晴らしたはずなのに、別の不安要素が増えてしまった気がする。
……まあ、決まってしまったものは仕方がない。もう考えないことにした。これを現実逃避と言うのは知っている。
はあ、とため息を吐く私に対し、先輩は笑っている。本当に、いつもよく笑っている先輩だ。
恨みがましく彼を見上げると、でも、と先輩は呟いた。
「服飾部の糸凌も、いいだろ?」
やけに自信満々に、彼はそう告げる。
……まあ、オカルト同好会にいる時の彼とは、また違った雰囲気ではあった気がする。スケッチブックに向き合う様子なんて、特に。
「……そうですね」
無駄な言葉は省いて、それだけ返しておく。だがそれだけで十分伝わるということも分かっている。雷電先輩が満面の笑みで頷いたのが、その証拠だ。
その後は、他愛もない話をしながら歩いていた。まあ、勉強が大変だとか、この前こんな楽しいことがあったんだよ、とか、先輩が一方的に喋るだけだったけど。私があまり自分から喋るタイプではない、ということを分かってくれているのだろう。相槌を打って、たまに言葉を返すだけなので、楽でありがたい。
そして先輩は、対異能力者特別警察の特別要請については、全く触れなかった。先輩だって、きっと知っているはずなのに。……私がそれ関連で今日一日気分が沈んでいると、そう悟ってくれたのだろうか。それは、都合が良すぎるか。
まあ、だから、少しだけありがたかった。
「あ、私の家、ここです。……送ってくださって、ありがとうございました」
「そっか、そこまで学校から遠くないんだね。……どういたしまして。ゆっくり休んでね」
そう言うと雷電先輩は、優しく私の頭を撫でた。愛しい恋人でも相手にしているように、それはそれはとても優しく。
……もはやこれは、癖なのだろう。もう随分と、こういった調子にも慣れてしまった。
「……はい。先輩も」
私は迷った末、そう返す。うん、と彼は頷くと、私から手を離した。
それじゃあおやすみ、と、彼は去って行く。私はその背中を見送ってから、自分の部屋に入った。
夕食を食べて、軽くシャワーに入って、そうしたらもう寝てしまおうか。朝少し早く起きて、今日の分の復習をしてから海中要塞の方に……。
部屋の真ん中にボーッと立ち、今後のスケジュールを大雑把に立てていると……そこで、スマホが震えた。一体誰だろう、こんな時間に。とスマホをポケットから取り出すと……そこには「雷電先輩」の文字が。
さっき別れたばかりなのに? と疑問に思い──何やら漠然とした胸騒ぎを抱え──電話に出る。
「……先輩?」
『……ごめ、ん、……こ、ちゃん……』
向こう側の声が、遠い。掠れた声、しかしはっきりと聞こえる、荒い息使い。
私は部屋から飛び出した。彼は、まだ遠くへは行っていないはず。だったら、先輩が去って行った方向へ向かえば……!!
『突風が、ッ、吹いたと思ったら……せなか、が……』
私は足を止める。……目の前に、先輩がいたから。
背中を大きく切りつけられ、どくどくと真っ赤な鮮血を流し……地面に倒れている、雷電先輩が。
先輩は蛍光灯の下に倒れていた。だからその白いライトに爛々と照らされていて……目に、こんなにも焼き付く。
私はその光景を見て……思わず、ぺたん、と、座り込んでしまうのだった。
【第30話 終 第31話に続く】
第30話あとがき
→https://kakuyomu.jp/users/rin_kariN2/news/16818093073993240907
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