第31話「任務①:視覚」
彼を襲ったのは
それを目の当たりにした私は、しばらく呆けてしまった。だが「しばらく」と言っても、それは数秒に過ぎなかったと思う。混乱した頭で、「こういう時はまず救急車と警察」という一般常識が駆け巡って、私はスマホを使っていた。119番と110番。知識として知ってはいたものの、実際に掛けるのは初めてだった。
そこからどうしたのかは、覚えていない。気づいたら病院にいて、気づいたら隣には、
ここは、病院の廊下らしい。そこにある長椅子に、私たちは並んで腰かけていた。
「……あ、
「……言葉ちゃん……起きた、って、私、寝て……?」
「うん、今は朝の8時」
ポケットに入っていたスマホを確認する。確かに8時少し過ぎだった。
私は眠い目を擦り、ぐっ、と伸びをする。……そして言葉ちゃんのことを見つめた。
「……先輩は……?」
「
「……そう、ですか……」
その言葉に安心して、全身からどっと力が抜けるのが分かる。このままもうひと眠りでも出来そうだった。
……だが、そんな暇は無い。
「……言葉ちゃん、先輩のことを襲ったのって……」
「うん……間違いなく、
そこで目の前を、慌ただしそうに看護師さんや医者、患者が通る。……ここは人目があるようだ。
彼女も同じことを思ったのだろう。場所、変えよっか、と言い、ゆっくりと立ち上がった。私も頷き、それに続いた。
やって来たのは、病院の裏庭だった。ここは狭いし、日陰のせいかジメジメしている。あまり人が好き好んで来なそうな場所だった。
だからこそ、内緒話をするには好都合だった。
「風桐迅が今どこで何をしているのか……それも分かっていないことだった。だからこそ指名手配されているわけだし。そこをあいつ……
「……そうですね」
少しタイミングが違えば、私がああなっていたかもしれない。いや、私が先輩を庇えたかもしれない。怪我をするのは私だけで済んだかもしれない。
……無残な姿を思い出し、思わず身震いをした。あんな思い、二度としたくない。
「……
隣で瞳に熱を宿し、闘志を燃やす言葉ちゃんに、私は何も答えることは出来なかった。
この人は、やはりすごいなと思う。他者のためのここまで怒ることが出来たり、そのために強者にも物怖じせず立ち向かうことが出来る。
無鉄砲とか、考えなし、とも言えるかもしれない。……だけどそれは、彼女をよく知らない外部の人間だからこそ言えることだ。私は知っている。彼女はそれを達成出来るほどの実力を、きちんと有しているということを。
そして私は、やはりまだ、そこに並ぶことは出来ない。
「……灯子ちゃん、大丈夫?」
横から、優しい声で呼ばれる。慌てて顔を上げると、そこにはこちらを心配したように顔を覗き込んでくる、言葉ちゃんが。
「……ううん、大丈夫じゃないよね。あんなことがあった後だもん」
「いえ……大丈夫です……」
「そんなこと言って、顔真っ青だよ? 今日は休みな?」
「……でも」
だって、と、子供が駄々をこねる時のような、そんな声が、言葉が、出てしまう。
「……私は、何も出来なかった」
「……」
「もう少し先輩といたら、私がどうにか出来たかもしれない。先輩が、倒れた時も……私が上手く異能を使えば、もっと傷を軽く出来たかもしれない。私は……私が……」
こんな私が、今後、一体何が出来るというのだろう。
「灯子ちゃん……」
言葉ちゃんは、真っ直ぐに私を見つめる。その瞳が、揺れ始めて。……何をどう伝えるか、迷っているようだった。酸素を求めるみたいに、口を何度かパクパクとさせて。……でも、何も言葉は出て来なくて。
彼女は唇を噛み締めると同時、目を伏せた。だがすぐに開いて、改めて私を見つめる。
「……とりあえず……今日はゆっくり休みな。今日1日くらいなら……」
「……残念だが、それは頷けねぇな」
そこで背後から声がかかる。私たちは、同時に声のした方向を振り返った。
そこには、相変わらずの無表情で、こちらを睨みつけるような鋭い視線をしている……
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