私情を持ち込むな

 ──数時間前。


 明け星学園の生徒である、雷電閃が何者かに襲われ、救急搬送されたという件は、すぐに対異能力者特別警察内で共有された。

 それはもちろん、対異能力者特別警察、特別部隊──通称「湖畔隊」にも、同様にされていた。


 ただその共有には、「加害者は『五感』の中で『視覚』と呼ばれる、風桐迅だと思われる。お前たちは一体何をしているんだ」、という、端的に言えばそんなメッセージ付きだった。余計なお世話、と、「湖畔隊」隊長である青柳あおやなぎいずみは吐き捨てたい気持ちだったが、生憎そう言い返すことも出来なかった。ぐうの音も出ない、というやつである。


 誤魔化すように、届いた資料を参照する。確かに襲い方や通報者の証言を参照すると、このやり方は、間違いなく風桐迅のものだ。まさかここいらに来ていたとは。


 推定加害者──風桐迅。

 被害者──雷電閃。

 通報者──伊勢美灯子。


 まさかこんな近くで、こんな事件が起きるとは。


 ふう、とため息を吐き、泉は書類を机の上に投げ捨てた。もはや、こんな書類とにらめっこをしていても仕方がない。……四の五も言っていられない。まずは、行動だ。


「……密香、来い」

「……はい、何でしょうか」


 その命令口調に、すかさず密香は泉の前に姿を現す。

 泉は驚きもせず、すぐに自分の前に現れた密香に、告げた。


「『湖畔隊』全員、緊急招集だ。全員、準備が出来次第ここに来るよう伝達しろ」

「……御意」


 いつもの馴れ馴れしい穏やかな雰囲気は、ここにはない。あくまで泉は上司だし、密香は直属の部下だ。だからこそ密香は、敬語で答えていた。


 ……だがこの雰囲気でも、彼の甘さは変わらない、と密香は心の中で思う。「すぐに集めろ」ではなく、「準備が出来次第」と告げているのだ。緊急性を把握しつつも、部下への甘さが抜けない。

 これは、優しさではない。甘さなのだ。そう、常々思う。


 だがそんな密香の思考など全く気にせず、泉は書類に再び目を落とす。そこに記された名を、指先で弾いて。


「……でも、伊勢美への声掛けは、少し気を付けて」


 無理強いはさせるな。そんな言葉まで聞こえた気がして、密香はため息を押し殺す。代わりに、了解、と小さく吐き出した。


 ……本当に、どこまでも甘い。


 泉が静かに怒っていること、それは理解できる。それがひしひしと伝わるからだ。だが、その感情と行動が上手く合致していない。その気持ち悪さも、彼はきっと気づいていない。

 苛立ちは、今は保留にしておく。与えられた命令をこなさなければならない。……他者の命など、本当は彼にとってどうでもいいものだが、仕事はきちんとこなす。密香はそう決めていた。


 それが、自分のを果たすことにも繋がると、そう考えているからだ。





「1日くらいなら? 甘ったれたこと言ってるんじゃねぇよ。こうしている間にも、次の事件が起きる可能性がある。俺たちは動き続けるしかないんだよ」


 こちらに歩み寄りながら、密香さんは無慈悲にもそう告げる。


 ……彼の言うことは、もっともだ。私たちが止めないといけない。それが与えられた任務だから。

 そのために私は武器を与えられたし、戦い方を学んだし、少なくとも前よりは、強くなったはずだ。


「確かにそうだけどさぁ……!! でも、灯子ちゃんだって、傷ついてるんだよ!?」

「だったらなんだ? 言っておくが、でいちいち落ち込んだり動けなくなったら、困るんだよ。……ただでさえ人手も少ねぇんだからな」

「そんなこと……って……」


 私を庇うように前に出てくれた言葉ちゃんが、大声で反論する。しかし忍野さんはどこ吹く風だった。そのことに言葉ちゃんは、ぎりっ、と奥歯を噛み締める。


「皆がっ、皆があんたみたいに、割り切って生きていけるわけじゃないっ!!」

「……別に割り切ってるんじゃなくて、俺は他人に興味がねぇだけだ。そんなに人のこと庇って、疲れないか?」

「ッ……論点すり替えんな!!」


 温度差で風邪でも引けそうな言い合いだ。本当に、水と油というか、2人は合わないのだな、と思い知らされる。……私はボーっとしながら、その言い合いを見守っていた。


「それに噛み付くってことは、認めていることと同義だと思うが……まあ、今はそこの言及なんかどうでもいいか。

 ……おい、今お前の話をしてるんだぞ、伊勢美灯子。他人事みたいな顔をするな」


 声をかけられ、意識が急激に現実に戻されるような、そんな感覚がした。思わず顔を上げ、しかし私の視界を塞ぐように、言葉ちゃんの右腕が私を庇う。


「答えなくていいよ、灯子ちゃん」

「はぁ……分かんねぇ女だな。お前が間に入ろうと、お前らが事件収束のために動くことは変わんねぇ。一刻を争うんだ。私情を持ち込むな」

「僕はいいよ、でも灯子ちゃんを無理矢理、っていうのは、そんなことは絶対認めない!!」

「~~~~ッほんっと分かんねぇ馬鹿だな!! これだから感情で喋る女はよ……伊勢美灯子、お前もいつまでも傍観を決め込んでんじゃねぇよ!!」


 怒鳴られ、思わず肩を震わす。また言葉ちゃんが何かを言う前に、忍野さんはまくし立てた。


「お前がそう止まってるのは、そうさせる過去の出来事があるからだ。その後の結末を、同じように巡ることが怖いから、止まり続けているだけだ。だから言ってるだろ、って」

「……例えそうだとしても、別にそれで止まるのは、傷つきたくないと思うのは、普通のことじゃない……?」


 驚きを隠したように、先程より少し小声で、言葉ちゃんが告げる。すると忍野さんは、大きなため息を吐いた。


「それで人に迷惑かけてたら世話ないっつってんだよ。別に現状じゃなきゃ勝手にしてればいいと思うが、今はそれじゃ困るんだ」

「……」


 言葉ちゃんは、微かに私のことを振り返った。それはこちらを気遣う瞳にも、本当にそうなのか、気になっているようでもあった。

 ……私は……。

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