簡単な話

「……どうせお前、自分なら被害者を助けられたかもしれないとか、自分の異能でどうにか出来たかもしれないとか、そういうこと考えてたんだろ」

「……」


 答えない。しかし、さっき言葉ちゃんに吐き出してしまったことだ。だから私は、何も答えなかった。

 無言は肯定。そう思ったのだろう。彼は一言、告げる。


「自惚れんな」

「……」

「少し人より強い異能力を手に入れたからって、エリート学園に入ったからって、人と違う任務を任されて実際に達成したりしてそれなりに人を救ってきたからって、自分が特別とか思ってるんじゃねぇぞ小娘」


 いや、別に、自惚れた覚えはないのだが。自分がすごいなんて思っていないし、特別だとも……。


 ……いや、でもそう真っ直ぐに言われると……そうなのか? とも思ってしまう。確かに、今は人生で一番人から見られていて、すごいだとか周りに度々言われていて、それで……自分だったら出来るのだと、いつの間にか、そう……思っていた……?


 なんか、言い包められている予感もする。だが、一概に否定することも出来ない……。


「言っておくが、お前はまだ隊の中でも最弱だぞ。今まで上手くいっていたのは、運が良かっただけだ。……あの時、お前はお前に出来る最善のことをしたんだろ。それ以上の余計なことをしなかっただけ、それを誇っておけ。どうせ他のことなんて出来やしないんだから」


 その言葉に、顔を上げる。励まされているような気がした。……その表情は、やはりいつもと変わらない仏頂面だし、言っていることはネガティブなことばかりだが。


「安心しろ、そこにいる情動ヒステリー女も」

「誰が情動ヒステリー女だって!?!?!?!?!?」

「……ひねくれ幼女と泣き虫大男も、クソほど弱いからな」


 大声でツッコんだ言葉ちゃんのことは無視し、彼は言い切ってしまう。


「でも、お前らが揃えば、どれだけの強者だろうと勝てるさ。そこで1人でも欠けたら意味がない。だから来い。……そういう簡単な話だ」


 その言葉に、私も言葉ちゃんも、思わずぽかんとしてしまった。……だって忍野さんが、そんなことを言うだなんて。


 そしてなんだか、その言葉を言い慣れていないような……まるで誰かに言わされているような……そんな感じがしたのが、少しばかり面白かった。


「……お前、励まし方下手?」

「……別に、励ましてはねぇよ。俺は事実を言っただけだ」


 気づけば私を庇うための言葉ちゃんの腕も、重力に任せて落ちている。言葉ちゃんの問いかけに対し、忍野さんは後頭部を掻きながら答えた。

 そこで言葉ちゃんが、ぷっ、と吹き出す。そして私を振り返ると、どーする? と尋ねた。


 ……最初から、結論は変わらない。しかし先程より、意志はもっとずっと固くなった。


「……行きます」


 それが、今の私がするべきことだから。


 忍野さんは頷き、踵を返す。その表情はやはり変わらなかったが、でもどこか、少しだけ……満足したように笑っていた、そんな気がした。





「……ああ、来た?」


 海中要塞に着くと、どこか冷たさを感じる笑みで、泉さんが出迎えてくれた。なんか……なんだろう。笑ってはいるんだけど、その瞳の奥に、温度がない。

 静かな怒り。それが、伝わって来た。


 泉さんの前には、既にカーラさんと大智だいちさんの姿がある。カーラさんの髪は紺色で薄暗い雰囲気に溶け込んでおり、大智さんはこの緊張感に冷や汗を流して震えている。


「湖畔隊」の全員が、ここに揃った。


「え……ぇっと……その……だ、大丈夫……?」


 私の昨夜のことを知っているのだろう。私が隣に立つと、大智さんが気遣ったように尋ねてきた。あまり無駄話をするのもあれかな、と思い、微笑んで頷くだけに留めておく。すると大智さんは、安心したように小さく頷き返した。


 視線を前に戻す。本当に少しだけど、私たちが話し終わるのを待っていてくれたのだろう。泉さんと目が合うと同時、彼が口を開いた。


「じゃあ……皆はもう知っていると思うが、改めて俺の口から説明させてもらうな」


 一同、それに対し頷く。泉さんは一度、全員の顔を見渡した。


「昨夜、明け星学園の生徒が何者かに襲撃された。通報者の証言や傷の状態から、犯人は『五感』の内の1人……『視覚』の風桐迅だと思われる。

 こいつは今、この辺りに来ているらしい。さっき密香の異能で確認したが、まだここいらにいるようだ。……更なる被害を防ぐため、そしてこれは逮捕のチャンスだと判断し、今から動き始めようと思う。……全員、異論はないな」

「はい」


 全員で答える。少なくとも私は、その覚悟を持ってここに来た。

 他の人も……きっとそう、だと思う。


 そこで泉さんは、笑顔を見せる。初めてその顔に、温度が宿った気がした。


「俺と密香は、風桐迅に顔を知られている可能性が高い。だから裏方に徹する。……まあ、本当にヤバそうな時は出向くけどな。密香が」

「俺かよ……」


 コントのようなやり取りに、思わず吹き出しそうになる。そして、この場の雰囲気が少しばかり和らぐのが分かった。

 コホン、とカーラさんが咳払いをすると、泉さんは話を続けた。


「最悪、密香は気配消せるからな。……チャンスは一回。まだ風桐迅は、お前たちのことを一般人だと思うはずだ。でも今回を逃したら、風桐迅は二度と、俺たちの前には現れないだろう。……最初で最後だ。それを念頭に置いて慎重に、でも大胆に、結果を掴め」


 それじゃ、作戦会議開始~、と泉さんが手を叩く。


 ……何か女子2人がバチバチしているのを感じたような気がした。

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