ふつうの人

 そういえば初任務で、言葉ちゃんとカーラさんは作戦の方向性の違いで火花を散らしていたのだった。

 大智さんは言っていた。「『インディゴ』は特にプライドが高い」と。


 そして今、言葉ちゃん(5歳児)とカーラさん(プライド高い)が、揃ってしまっている。


 正直、不安に思っていた。前回同様、2人が言い争ってしまうのではないかと。特に大智さんは、冷や汗で溺れることが出来そうなくらい青い顔をしていたし。


 ……しかし私たちの心配に構わず、2人は冷静な様子で話をしていた。


ゆめとの戦いが参考になるよね。途中までは良い線をしていたはず」

「そうですね……風桐迅は動きを止めて囲ってしまうのが一番かと。異能力で逃れられてしまうとしても、少なくとも一瞬は隙が生じるはず……」

「逃がしてしまって、更にその一瞬の隙を活かせなかったら?」

「……自分が異能力で、一帯にバリアを張りましょう。そうすれば、何度でもチャンスは巡る。……まあ、体力がもてばの話ですが。そこは他の者にサポートを任せます」

「……なんだ、君、ちょと頑張れば話通じるじゃん」

「……貴方こそ」


 会話を聞き、1つ分かったことがある。……この2人は、意見さえ合えば気が合いそうだ。意見さえ合えば。大事なことなので、2回言わせてもらった。

 2人は、ふふふと笑い合っている。傍から見ていると少し、いやだいぶ怖い。


 と思っていると、2人の瞳がこちらを捉えた。思わず私と大智さんは、大きく肩を震わせてしまう。


「隊長奪還の時と同じ構成で動きます。お前は自分のサポートを。伊勢美は小鳥遊と共に前線を張ってください」

「おいテメェ年上を呼び捨てにするな」

「……」

「無視かよ!!!!」


 大智さんに至っては、名前すら呼ばれていないが。そんなことを思いながら、全く気にしていない私は小さくため息を吐いた。先程まで息がぴったりだと思ったら、言葉ちゃんとカーラさんはまた言い合いを始めてしまった。仲が良いんだかなんだか。

 まあとにかく、と言葉ちゃんは咳払いをする。そして輝かしい笑みを浮かべると。


「風桐迅を捕まえるぞっ!! おーっ!!」

「お……おー……?」

「……」

「……言葉ちゃん、遊びに行くんじゃないですよ」

「分かってるよ!? 緊張解そうとしただけなんだけど!?」





 作戦も立て終わり、その内容を泉さんに伝わる。了承を貰い、すぐさまその作戦内容は周知された。


「ここら一帯の近隣住民は警察内にいる異能力者が全員避難させた。もし戦闘になって住居やらを破壊しても問題はない」

「そーならないように願いたいけどね……」

「俺の予測だと、5軒くらいは倒壊するだろうな。まっ、他のやつらがまた異能でどうにかするだろ」


 忍野さんはそう言ってヒラヒラと手を振る。かなり適当だ。


 そこで泉さんが、はい注目、と告げた。そちらを見ると……泉さんのちょうど頭のてっぺん辺り。そこにある大型ディスプレイに、リアルタイムカメラの映像と、ここら一帯の地図と一点の赤いアイコンが移動しているのが表示された。

 そして映像には、1人の男の後ろ姿が映っている。


「密香、こいつが風桐で間違いない?」

「……ああ、現在位置と、一致している」

「おっけ。……というわけで、こいつが風桐迅みたいだ。今ここら辺にいるのはこいつと……あ、近くにパレットがいるな。……パレット、聞こえるか? 今お前の正面、11時方向にホシがいる。そちらに歩いてはいないが、警戒はしろ。気取られないよう、迂回して戻ってこい」

『了解。反対方向から向かいます』

「ちなみに達成度は?」

『……87%ほどかと。すぐ終わらせます』

「気を付けろよ」


 泉さんとカーラさんは通信を終える。今はカーラさんのみが動く時間だった。……作戦の第一段階。カーラさんが特殊塗料を用い、風桐迅を囲むようにそれを塗って回っている。

 全ての線が繋がれば、それは立体となって大きなバリアとなるらしい。


 そして私たちに出来ることは何もない。一般車に偽装した警察車両内で、作戦達成を待ち、改めて作戦を確認している。


「……ふつうの人、なんだなぁ……」


 そこでふと、薄暗い車内に声が響いた。その声の主は、自分が声にしていたことに気づかなかったらしく、何故自分に視線が集まるのかと数秒間キョトンとしていたが……すぐに気付いたのか、あああごめんなさい!? と叫んだ。


「ご、ごめんなさい! こ、ッ、声に出てたなんてっ、気づかなくて……!! ぇ、えと、その、映像ッ……なんか、普通の人、って感じがして……アッ、ご、ごめんなさい……」

「……いちいちどもるなよめんどくせぇ……そりゃあ、普通に決まってるだろ。異能犯罪者だって、いつも異能を使ってるわけじゃねぇんだから」

「ぇ……?」


 慌てたように謝る大智さんに、忍野さんは小さく舌打ちをしてから答えた。舌打ちをされたことに大智さんは大きく肩を震わせたが、その言葉に彼は恐る恐る顔を上げる。

 すると忍野さんはため息を吐いてから答えた。


「俺だって異能犯罪者だが、いつも使ってるわけじゃないだろ。代償だってある。リスクは高い。……本当に、やりたい時にしか使わないんだよ。使っていない間は、無害な一般人と変わらない。……いいか、犯罪者なんてな、案外お前のすぐ隣にいるもんだぞ」

「ヒッ」

「……私のことを指差さないでもらえますか」


 大智さんは肩を震わせ、彼の隣にいた私もため息を吐く。とんだとばっちりだ。


「もちろん、指名手配されているなんてこともあるし、気軽に外を出歩けないとは思うが……でも風桐迅の場合、顔が知られていない。出歩いても、誰もそいつのことなんて知らないから、危険に思う必要もないしな。……俺だったら警察の無能さを心の中で嘲笑しながら我が物顔で外を歩く」

「悪趣味~」


 言葉ちゃんが嫌そうに表情を歪め、べ、と小さく舌を出した。


「……ま、だからこそ油断するなよ。普通に見えても、こいつは何人もの人間を手に掛けている、間違いなく凶悪犯罪者だ」


 忍野さんがそう締めくくると同時、戻りました。とカーラさんが車内に入って来た。……そして忍野さんの締めの言葉だけ聞いていたのか、何でしょうか、と問う。皆で生きて帰ろうねって話だよ、と忍野さんが適当に答えた。


「……問題なく線は繋がりました。あとは発動するのみです。……いつでもどうぞ」


 つつがなく作戦が進んでいることを、彼女は報告する。よし、と泉さんは頷くと、私たちのことを見回した。


「よし、じゃあ、手筈通りに行動して、何かトラブルがあれば臨機応変に行動すること。後は……うん、毎度のことだけど、死ぬなよ。俺からは、それだけ」


 まるで我が子をおつかいにでも出すかのような、そんなテンションだ。ただ最後の言葉に、一番の熱が乗っている。


 作戦も達成してほしいけど、それよりも命が大事だ。


 そんな泉さんの声が、聞こえそうだった。


 そして私たちは立ち上がり、それに対して頷くのだった。

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