疾風
──────────
──やけに静かだとは、思っていた。
夕方になれば、家からは夕飯の香り、子供がそれを急かす声、そういった生活が感じられるはず。
だがここら辺は、とても静かだった。猫一匹でさえ通りかかることはない。
初めて来たところだし、ここはこんなもんなのかな、と男は考えていた。特に警戒などはしていなかったのだ。……だって、いざという時があっても、自分はそれをどうにか出来る。
──あれは、近所のサッカークラブの帰り道だったか。その時、突如背後から襲われた。その時の自分は無我夢中になり、異能力を発動。鋭利な風が不審者の腹を裂いた。
初めは子供だからと油断していたのに、あっという間に形勢逆転。子供相手に、出来心だったんだ、許してくれ。なんて
その後色々あったが、結局今は、たまに通行人にちょっかいを掛けて、なんて、そんな生活に落ち着いている。自分は猟奇的殺人鬼などではない。……ただの暇を持て余しているだけの人間だ。それで自分が有名な異能犯罪者として名が通っているということも、知っているが。悪い気はしなかった。
あの日から、全てが変わった。
そう、場所は、こんな住宅街だった。
そこで、地面が揺れる。初めは大型地震かと思った。だが……自分を囲うように地面が盛り上がり始めるのを見て、人為的なものだとすぐに判断した。
男は異能力を用い、下向きに風を放出する。そうすることで、囲いから逃れるように上へ逃げた。
……だが、視界の端で動く影が、2つ。先程までは、誰の気配もなかったはずだ。
空中で襲われる。1人はその小柄な体に似合わない日本刀を振りかざす大人しそうな少女。もう1人は、何故か万年筆とノートを握りしめている派手な少女だった。
誘いこまれたのだと、気づいた。
それと同時、2人がこちらに攻撃を仕掛ける。小柄な少女の日本刀が、派手な少女の放った何かが、男に迫る。
男は慌てない。まずは異能力で日本刀を真剣白刃取りのように受け止め、飛んできた何かは、風で追い返そうとする……が。
飛んできたものは、風で太刀打ちは出来なかった。つまり、想定より重い物、ということである。……それは頬にクリーンヒットし、男は地面に沈んだ。
丁度男が落ちたところは、先程まで立っていたところで。そのまま同じところに落ちてしまったらしい。今こうしている間にも、地面は男を飲み込もうとしている。
小さく舌打ちをしつつ、男は体を起こす。……その先には、空中で襲って来た少女2人が並んで立っていた。
「……風桐迅ですね」
確認と言うより、確信を得たような喋り方だった。YES以外を許さないような。
日本刀を持つ少女はそう告げると、持っているそれを横に構える。小柄な割に、それはよく
「──僭越ながら、お相手致します」
男は──風桐迅は、確かな高揚を覚え、笑った。
──────────
一撃で仕留められなかったのは、かなりの痛手だ。だが言葉ちゃんの「Stardust」が当たっただけマシか……。いや、でも、一度攻撃を知られたら、次はないだろう。
隣にいる言葉ちゃんに目配せをする。彼女も私のことを見つめ返し、頷いた。
そして私たちは離れ、駆け出す。私たちがすることは、風桐迅を……大智さんの異能で閉じ込められるよう、誘導すること。
風桐迅の異能力は、威力はすごいものの、固い物を切ったり重い物を押し返すことは出来ないみたいだ。後者に関しては、先程の言葉ちゃんの攻撃がそれを証明している。……沢山のインクを使うと、なんとなーく重くなるんだよ、あんまりお金かかることしたくないし勿体ないから、いつもはやらないんだけどね。言葉ちゃんはそう言っていた。
そして前者に関しては、だからこそ大智さんの異能力と相性が良いと考えた。一度囲うことに成功してしまえば、そこから逃れることは出来ないだろう。ついでに言うと気絶させられたらもっといい、と。
まあ……そうするのが、一番大変だとは思うのだが。
風桐の姿が、消えた。
狙われているのは、間違いなく私たち。大智さんとカーラさんは倒されてしまったら困るので、物陰からこちらを見守っているはずだ。……この地面は私たちの攻撃ではないということは、もう分かられているはず。だからこそ、私たちを倒してから大智さんたちを探しに行くはずだ。
……私たちはここで倒されないことも、重要なのである。
「!」
言葉ちゃんが何かの気配を察したのか、その場から素早く引いた。……だが、左袖の二の腕辺りが、大きく引き裂かれていた。その攻撃は、皮膚まで到達したのだろう。言葉ちゃんは少し顔をしかめている。
……風桐迅の攻撃、私には見えなかった。そして言葉ちゃんでもきちんと避けきれないほどの速さ……。改めて、骨の折れそうな相手だと実感させられる。
一瞬でも油断したら、首でも刎ねられそうだ。
瞬間、微かな風が吹くのが分かる。本当に、微かなものだ。意識しなければ、気づかなそうな……。反射的に飛び退くと、鋭い風が毛先を私から切り離す。……危ない。今のに対応しなければ、本当に首を持っていかれるところだった。
思わず首に手を当てていると、へぇ、と感心したような声が響く。
「お前ら、今まで俺が会ったことがあるやつとは、結構違うみたいだね」
楽しそうな声だった。しかし、居場所は特定できない。喋りながら、移動を続けているようだった。……まるで輪唱のように、閑静な住宅街に多重の声が響く。
それを疎ましく思いつつも、こちらからも行動を取ることにする。言葉ちゃんも同じように考えているということは、手に取るように分かった。……私たちは、地面を蹴る。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます