突風

 近づかれないと、どこにいるか分からない。しかし無闇に近づかれては、こちらの命が危ない。……だからこそ、広範囲の攻撃が最適解だった。


「とっ……りゃぁっ!!!!!!!!!」


 言葉ちゃんがノートを構え、そこから大量の文字を引きずり出す。……そのおどろおどろしさと言ったら、脱皮した爬虫類の皮のような。とにかく途切れず、出てくる出てくる。

 言葉ちゃんは素早くその作業を終えると……先程の掛け声とともに、その手を振り下ろした。……上空に広がった大量の文字、それが編み込まれて出来た網は、この住宅街を丸ごと包み込むがごとくの大きさ。……一体どれだけのエネルギーを使うのだろう、と味方サイドにいながらも感心してしまう。


 ……きっと、血の滲むような努力を重ねた結果なのだろう。


「灯子ちゃん!!」


 彼女が叫ぶ。その真っ直ぐな視線を受け取る。小さな文字たちで編まれ、広範囲に張られた網は、どんな小さなものでも絡め取ってしまう。風桐迅はカーラさんのバリアの外に逃げられない。というかまず、まだバリアの存在に気づいていないはず。だからこそ、風桐迅は、確実にこの網の下のどこかにいる。


 ……私が異能力で、彼を気絶させる。方法は、もう考えていた。


 私は持っている日本刀を、頭上に掲げる。あまり時間はない。しかしゆっくり呼吸をして、気持ちを落ち着かせて。


 ……物を動かすと、そこには必ず風が生じる。まあ、空気抵抗ってやつだ。……それを、私の「Z→A」で増強させる。

 いわば、風桐迅の異能力の真似だ。今までも風を用い、様々なことをやってきた。……昨日の部活動体験とか。

 それらの出来事を、思い出す。そして。


『その経験は、力になるよ』


「……」


 春松くんの声が、脳裏で再生される。パズルのピースが、1つ合うような、そんな小気味のいい音がする、気がする。

 どれだけ無関係なことだと感じても、どこかでそれは、こうやって繋がっていく。そう、否定したい言葉が、私の手で証明されていくような、そんな気がした。


 思考は一瞬。だがその時間は、私の意識を日本刀から離すには、十分で。



 私が振り下ろした日本刀は、とてつもない突風を発生させる。

 想像の2、30倍以上くらいの威力が出た。



 この場に立ち続けることが出来たのが、奇跡なくらいだ。まるで台風に巻き込まれたみたいな、立つことさえ難しい風力。近くに生えていた木は根元から抜け飛び、家の屋根は剥がれ、外壁は倒壊する。

 他に人が居なくて良かった、なんてレベルじゃない。


「っとぉ!? ちょっ、おい!!!! 灯子ちゃん!?!?!?!?」

「…………………………」


 言葉ちゃんが私に文句を言う。だが私は目を逸らして、責任逃れ無駄な抵抗をするしかなかった。


 視界の端で、言葉ちゃんの生み出した文字が飛んで行っているのが見えた。そして隣からは、苦戦しているような言葉ちゃんの唸り声。……彼女も一度に操れる文字の量には限界があり、先程まで繋がって「一塊」だったものが分散してしまったため、手を離れていってしまった文字が沢山あるのだろう、ということは容易に想像できた。


 ……出来る、のだが。私のせいだということも理解しているのだが、残念ながら私の頭はフリーズし、どうすればいいかは見当もつかなかった。


 ……いやいやと首を振る。そして無理矢理頭を働かせた。風桐迅は私と違い、昔から風を操って来た、風のプロだ。こうして作戦が失敗(?)し、網も崩れてしまった以上、この突風を乗っ取られて逃げられるかもしれない。バリアがあるからしばらくは平気だと思うが、大きく作っているから、強度が不安だとカーラさんは不服そうに言っていた。連続した攻撃には耐えられるかどうか……。

 ……かなりマズい。私のミス、一瞬の油断のせいで、作戦が崩壊……。


 だがそこで、地面がぐらりと揺れた。このタイミングで地震? と思ったが、違う。この揺れ方には、覚えがある──……。


 目の前で、岩の城壁が築き上げられ始める。ゆっくり、じっくり。……しかし特に何も妨害などが起きることもなかったので、そのまま小さな岩の塔が建った。

 ……これは……。


「自分の紺は、鉄壁の色。……完全無欠に決めていきましょう!!」


 そこで、背後から声があがる。……それと同時に、岩の塔に紺色の絵の具が降り注ぎ……すぐに解けて消えてしまった。だがその塔が、遠めから見ても頑丈なのが、よく分かる。

 私は振り返る。そこには、物陰に隠れていたはずの大智さんとカーラさんがいた。


「ふぅ……想定外のトラブルはありましたが、自分の天才的な頭脳のお陰で、こうして風桐迅を捕らえることが出来ました!! 感謝してください」

「ぁ……ぁははぁ……ま、まあ、僕は……その、すぐ動けなかったから……ぅん……ありがとう……」


 ドヤ顔で胸を張るカーラさんと、冷や汗を流しながら半笑いでお礼を述べる大智さん。……いつもの光景だ。

 直接は見ていないが、あの岩の塔の中に風桐迅がいるらしい。そこに視線を送ると、大智さんが慌てたように喋り始めた。


「あっ!! そ、その、ぇっと、僕、地面の振動で……人がどこにいるとか分かるから……その、えと、ぃ、伊勢美さん……の、攻撃で、伸びてる人がいた、ぁ、いや、いる、のが、分かったので……そこを、カーラさんがやれって……」

「ふん、こいつは予想外のことに反応出来ない鈍間ノロマだってことは、分かっていましたから」


 ……そういえばこの人たちと初めて会った時、大智さんは室外機の裏に私がいることを、見抜いていた……。それは、私が地面に足を付いていたから、らしい。なるほどな、と思った。

 私の隣に立つ言葉ちゃんは、ほえ~、なんて呟いている。感心した様子だ。


「……で、君はお礼言った方がいいんじゃないの」


 言葉ちゃんに脇腹を肘でつつかれる。う、と思わず言葉に詰まり、目の前に立つカーラさんからは、お礼を言え、という圧を感じる。……双方から挟まれ、私は観念した。


「……すみませんでした。ありがとうございます……」

「ぷぷっ」

「もう自分に迷惑をかけるなと言いたいところですが……仲間とは迷惑をかけあうものですからね。また自分がカバーしてあげますよ」


 たまらずに吹き出した、という調子の言葉ちゃんと、恩を売れた、と言わんばかりに笑うカーラさん。思わず睨みつけるが、立場が弱いのは私だった。

 日本刀を消す。これはもう、必要なさそうで。


 押されている私に、大智さんも笑みを噛み殺していて。……仕方ないので、私も少しだけ微笑んだ。

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