お見舞い
「あちゃー、派手にやったねぇ」
「……すみません」
任務は達成した、と連絡を入れると、すぐに泉さんと忍野さんがこちらにやってきた。そして苦笑いを浮かべる泉さんに、反射的に私の口からは謝罪の言葉が飛び出てくる。
……しかし泉さんの隣にいた忍野さんは、不敵に笑っていた。そして何故か上機嫌に、私の肩に手を置いてくる。
「俺的には、上層部がてんやわんやする様が目に浮かぶようでとても気分が良い。むしろもっとやれよ」
「……やろうと思ってやったんじゃないです……」
そーだよ!! てかお前マジで悪趣味だな!!!! なんて私の背後からすかさず飛び出してきた言葉ちゃん。そして言葉ちゃんと忍野さんはそのまま言い争いを始める。……まあいいや。放っておこう。
泉さんも無理に止めるようなことはせず、大智さんとカーラさんの築き上げた岩の塔に歩み寄る。……中では、風桐迅が目を覚ましたらしい。微かに叫ぶような声と、暴れるような音が響いていた。
「……
「はっ、はいっ!」
「……了解です」
泉さんは左腕を真下に振り下ろす。するとその衝撃で、彼の左袖から銃が滑り落ちてきた。……春松くんに特注した、異能力者に異能力を使わせなくする銃だ。
彼はそれを構え……そして、ゆっくりと深呼吸をする。
それと同時、キュイーン、と微かに音が聞こえる。そして彼は足で地面を3度、軽く叩いた。……流石に見るのは2度目だから分かる。今彼は、異能力を使ったのだと。ちなみに1度目はあれだ、初対面の時である。
泉さんは軽く左手を振った。その合図で、カーラさんと大智さんは、ほぼ同時に異能力を解除する。一瞬で岩の塔は崩れ……。
……まだ視界の優れない中、泉さんは迷いなく発砲をした。
──数秒して視界が晴れると、そこには頭を抑えて蹲る風桐迅の姿が。先程までの余裕綽々な様子からは考えられない光景だった。
泉さんは彼の傍にしゃがみ、懐から何かを取り出す。そしてそれを風桐迅の手首につけた。まあ手錠だろう。
うんしょ、と泉さんは軽い調子で風桐迅を担ぎ上げると、私たちのことを振り返った。
「はい、終わり。皆お疲れ様。反省会とかはまた海中要塞に戻ってからするとして……。とりあえずは、本部の人たちが来る前に、撤収しちゃおう」
車は、さっきと同じ場所に止めてあるから。と泉さんは付け加える。それを聞いて頷き、皆が踵を返して戻るために歩き始める。私もそれに続くと……ふと、泉さんが私の横に来た。そして。
「……雷電くん、目が覚めたらしいよ」
「……!」
「いいよ、行っておいで」
気になってたでしょ、と泉さんに言われ……少し反応に迷う。しかしここで変な反応をしてもあれだと思ったので、ただ黙って頷いた。
じゃあそのまま直帰。明日は休みにするつもりだから来なくていいよ。と付け加えられたので、返事の代わりに頷いておく。……それから頭を下げると、私は皆とは違う、病院の方向へ駆け出した。
なんとか交通機関も利用して病院に着くと、まずは息を整える。……なんか、心配して走って来たとか思われるのは、癪だったからだ。
まだ面会時間内ではあるのか、誰にも何も言われない。そうしてスムーズに病院内を歩いていると……先輩の病室前に辿り着いた。
再び深呼吸をする。そして、努めて優しくノックをした。……返事は、すぐに来た。
「……あっ、灯子ちゃん! ありがとう、わざわざ来てくれて」
やって来たのが私だと分かると、ベットの上でうつ伏せになっている雷電先輩は、笑って対応してくれた。……うつ伏せなのは、負傷した場所が背中だから、刺激しないようにということだろう。
「先輩……体調は、いかがですか?」
「ちょっと呼吸するたびになんとなく痛むけど、それ以外は大丈夫だよ!」
「……そうですか」
それ、恐らく大丈夫だとは言わないと思うのだが。そのツッコミは押し殺し、私は代わりに言葉を吐き出す。
「……先輩のことを襲った人、逮捕されたそうです」
「……そっか」
「だから……その、ゆっくり怪我を治して……元気に、学校に戻って来てください。……待ってます」
……やはりどう足掻いても、私が雷電先輩のことを心配しているのは、伝わってしまうのだろうか。それは、何と言うか……恥ずかしいな。
そう思いながら、私はたどたどしくも、なんとか言葉を紡ぐことには成功していた。
そのまま俯いていると、微かに吹き出すような声が聞こえた。……顔を上げると、そこには笑っている先輩がいて。
「……なんですか」
「ううん。……ありがとね」
「……え?」
何故、お礼を? と思っていると、彼は続ける。
「突然の電話だったのに、俺のこと助けに来てくれて。ほら、君が通報してくれなかったら、俺手遅れだったと思うし」
「……でも……」
私がもっと、どうにか出来ていたら。そう言いかけて、口をつぐんだ。
自惚れるなと、また忍野さんに言われたような気がする。
「それに……その逮捕、君も関わってるんでしょ?」
「え」
思わず聞き返してしまう。驚いてしまったからだ。
だって、私がどんな任務に関わっているかは、それを誰かに言うことはない。言ってはいけない。だってそれは、極秘だから。変に外部に情報を漏らしてしまうと、後々不利益を被ることもあるし。
どう答えるか迷っていると、また先輩は声をあげて笑った。
「だって灯子ちゃん、髪とか服とかぼさぼさなんだもん。今なんか大変なことしてきました、って感じで」
「こ、これは……走って来たからで……」
「へぇ、そんなに俺のことを心配してくれたの? 嬉しいな」
「……からかわないでください」
「あ、バレた?」
流石に分かってくる。だってこちらを見つめる先輩の口元が、露骨にニヤニヤしているから。
「まあ、それは聞かないでおいてあげる! ……心配してくれてありがとう、灯子ちゃん」
「……どういたしまして」
心配なんかしていない、と言うとまたからかわれそうで、私は素直にそのお礼を受けることにした。
そして私は、置いてあった椅子に腰かけると、そのまま先輩と他愛もない話をし始める。まあ……先輩も話し相手でもいないと暇だと思うし、面会時間ギリギリまでは、付き合ってあげようと思ったのだ。
少し開いた窓から、優しい風が吹く。ベッド脇にある机の上には花瓶が置いてあり、そこに活けられた名も知らない紺色の花が、その風に押されて揺れていた。
【第31話 終】
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