服飾部でファッションモデル

 そして連れて来られたのは……被服室、の3文字の看板ある部屋。


 ノックをしてから、こんにちはー! と言いつつ先輩が扉を開けると……その中にいた全員が、振り返った。そして。


「閃。……あんまり部員を驚かせるな。こっちは針とか使ってんだぞ」

「え、あ、ごめんなさい~……」


 そこにいたのは、雷電先輩の親友──墓前はかまえ糸凌しりょう先輩だった。そのことに、私は思わず驚いてしまう。

 だって先輩は、オカルト同好会の唯一の部員だったはずでは?


 すると私の視線に気づいた墓前先輩が、私に対して静かに口を開く。


「……ああ、俺、服飾部と兼部してるんだ。今はこっちの活動中」

「あ、ああ、なるほど……」


 疑問に的確に答えられた、とこれまた驚いていると、お前の守護霊が分かりやすい、と言われた。その視線は、私より少し上……私の頭上に向けられていて。

 しかし私が振り返ろうと、やはりそこには何もなかった。


「で、溌剌はつらつ伊勢美のワクワク部活動体験か?」

「ワクワクかはともかく……そうだけど、何で分かったの? また守護霊?」

「それもそうだが、校内で騒がれてるぞ。チャラ男が転校生を引き連れて部活動体験をさせて回ってるって」

「ええ……」


 思わず私は声を絞り出す。校内で騒がれてるって……。

 元々目立ちたくないのに目立ってしまって、夏休み前の一件で更に有名になってしまって、そして今もこうして騒がれていて……。


 ……私の平穏な学校生活は、すっかり遠のいてしまっているな……。


「……溌剌伊勢美もさ、嫌だったら断ってもいいんだぞ?」

「人が無理矢理連れ回したみたいに!?」

「えっ違うのか?」

「違うよ!! ……と、思、」

「連れ回されたとは思っていますが」


 段々自信がなさそうに語尾が小さくなっていく雷電先輩を横目に、私ははっきりと告げる。


「……でも、それでちょっと気分が楽になったので、いいです」

「灯子ちゃん……」

「今日許してあげます」

「は……」

「今日、は……」


 2人が小声で強調した部分を繰り返しているのを見て……相変わらず仲良しだな、と私は少しだけ笑うのだった。



 本格的に被服室に入れてもらう。そこでは普通の裁縫道具やミシン、私の見たことのないような機械をお供に、生地と向き合っている部員たちの姿が。

 私たちを少し見たものの、すぐに意識を目の前の作品に戻していた。


「今は文化祭に向けて作品作りの最中だからな。追い込んでいるところなんだ」

「文化祭……確か、10月とかにあるっていう……?」


 そう、と墓前先輩が微笑みながら頷く。……普段はイベントに興味関心を持たない私が覚えていたのは、言葉ちゃん生徒会長の書類仕事を手伝わされた時に、それ関連の書類の対応を沢山させられたからだった。

 そういえば、服飾部の書類もあった気がする。確か内容は……。


「……ファッションショー?」

「……何で知ってるんだ?」


 疑問に疑問で返された。まさか生徒会長の取り扱う書類を見たからです、とは言えない。別にこの人たちに言っても、会長と仲良いもんな、で終わりそうだけど、ここには他の人たちの目もあるので、黙秘権を行使する。

 黙っていると、まあいいか、と墓前先輩は深くツッコまないでいてくれた。優しい人である。


「糸凌は出ないの? お前の作った服、無いじゃん」

「あー……モデルがいないし、頼るツテもないからな」

「えー、俺のこと頼ってくれればいいじゃん」

「お前が出たらせっかくの服もネタになるだろ」

「そうじゃなくて! 俺だったら女の子の人脈広いよってこと!」


 うるさい、と言うような視線が突き刺さるのを感じ、私たちは被服準備室に撤退した。ここなら他に人がいない。

 ちょうど3人分の椅子もあったので、そこに腰かける。墓前先輩は足と腕を組んで、雷電先輩を見つめた。……相変わらずの美脚である。


「でもそれは俺の知り合いじゃねぇし、あくまでその女子たちが役に立ちたいのは、お前だろ。間接的に役に立ったところでそこまで嬉しくないと思うが」

「え~? ……でも俺、お前の作る服好きなんだけど。だから色んな人に見てほしい!」

「……つっても……特に何も組織に所属していないから文化祭中暇で、俺の知り合いの女子なんて……」


 真っ直ぐに褒められたからだろう。墓前先輩は照れたのか若干早口でそう言うと、目を逸らす。……自然と逸らした先にいた私と、目が合った。

 その視線の先を追ったのか、雷電先輩もこちらを見るのが分かった。

 そして同時に、あ、と呟く。


 ……そして私は、嫌な予感がした。





 少し不思議には思っていたのだ。どうして2人は女子に頼む前提で話しているのかと。メンズ服を作って雷電先輩とかに着てもらえばいいのでは? と思っていたのだ。……いや、今も思っている。

 しかし服のサイズを聞かれ、あとは全身をジロジロ見られ、渡された服に袖を通し……納得した。


 この全身フリルの黒を基調としたゴスロリは、こういうのを着ても平気だと言ってくれる女子くらいにしか、簡単に頼めないだろう。


「お、流石俺。ピッタリ」

「灯子ちゃん、可愛い! 似合ってるよ」

「……これ、本当に墓前先輩が作ったんですか……?」

「そうなんだよ!! 糸凌って本当にすごいよね、プロ顔負けって言うかさ!!」

「……なんでお前が質問に答えるんだよ」


 また褒められて、墓前先輩は気まずそうだった。だがすぐに咳払いをし、気を取り直すと……私に向き直った。


「どこかキツイところはないか?」

「はい……大丈夫です」

「そうか。……じゃあこれをベースに新しく作るか……伊勢美だったらここはレースというよりもっと別の装飾をつけた方が映えるな……。あとは頭に付けるものも欲しい……」


 質問に答えると、墓前先輩はスカートの裾を掴み、何やらブツブツ呟き始める。……すっかり自分の世界に入ってしまったようだ。


 だがすぐに顔を上げると、私に私の着ていた制服を手渡してきた。……そこから微かに柔軟剤の香りが漂う。よく見てみると、陸上部での活動のせいでスカートの裾に付いた土埃は、綺麗さっぱりなくなっていた。どうやら洗濯してくれたらしい。


「俺は今からデザインを練る。だからお前らに構う暇はもうない!! ……あ、その服は適当に棚の上とか置いておいてくれ。あとデザイン出来たらお前に連絡するから確認してくれ。じゃ」


 墓前先輩は矢継ぎ早に早口で告げると、とっとと被服室に戻って行ってしまった。……自由だ……。というかあれは、溢れ出るアイディアを1つも取り零さないように早く作業に移りたい、という感じか……。


 私と雷電先輩は思わず顔を見合わせ……はは、と、苦笑いを浮かべてしまうのだった。

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