中庭で休憩

 その後も、様々な部活に参加させてもらった。サッカー部やバスケ部、柔道部とか卓球部とか。運動部だけじゃなくて、家庭科部とか化学部とか……とにかく色々な部活を体験させてもらった。

 しかも部活だけじゃなくて、委員会にもお邪魔させてもらった。図書委員会、放送委員会、風紀委員会……。


 ……どれだけツテがあるんだ、この人。


 結構な時間が経ったので、もう外は暗くなりつつある。だが校内には、まだ沢山の生徒が残っていた。


 中庭のベンチで、雷電先輩と並んで座る。お茶を奢ってもらったので、大人しくいただいていた。


「ぷはーっ……沢山動いたからね~。冷たい飲み物が沁みる……」

「……ですね……」


 レモンティーを片手に言われたことに、私は賛同する。こうしていると、心も体も休まるような感じがした。

 隣で美味しそうに飲み物を摂取している雷電先輩を、私はボーっと見つめる。すると私の視線に気づいた先輩が、どうしたの? と笑いかけてきた。


「……あの、どうして部活動体験とか……」


 今日この人に会ってから、ずっと抱えていた疑問だった。それをやっとぶつけられた、と思っていると、彼は私から視線を外す。


「うーん……灯子ちゃんが、何か1つの物事に囚われて、そこから動けない! って……そんな感じがしたからさ」

「……」


 割とそれは、的を射ているような気がする。言い当てられた私は、何だか少し引いてしまった。

 だがそんな私に構わず、先輩は続ける。


「だから、灯子ちゃんにとっては新しい価値観を、いっぱいあげようと思ってさ。そうしたら、灯子ちゃんを捕らえていることなんて、考えられなくなるんじゃないかなって」

「……」

「運動を選んだのは、体を動かすと……なんか、気分が晴れるんだ。これは、俺の体験談だけど。それ以外はオマケかな」


 その話を聞き、確かに、と思いかけて、いや、でも、と思い直した。


「……私、運動しながら、その……私を捕らえているもの? のこと……思い出していました」

「ええっ。えー……それは、ごめん……」


 だって、私がああやって運動できるようになったのは、確実に春松くんとのトレーニングのお陰だ。体力作りから、体の動かし方、戦略、物を扱って戦うこと、異能力の何通りもの使い方、全てを、教えてもらった。そしてそれがスポーツに活きた。


 体を動かすたび、思い出すのはその経験で。


 むしろ運動じゃなくても、文科系部活とか、委員会でも、思い出すときはあった。


 ……でも。


「……囚われている感じじゃ、なくて……その、あまり気負わず思い出せたような……そんな感じが、します」


 しょぼん、としている雷電先輩に、私はそう声を掛ける。すると先輩は驚いたように固まって……微笑んだ。


「……そっか、なら良かった!」


 私も、少しだけ笑う。自然と、そうしたいと思った。

 すると先輩が、ふと口を開く。


「……灯子ちゃんって、変わったよね」

「……え?」


 私が聞き返すと先輩は、もちろんいい意味でね、と慌てる様子もなく付け加えた。


「俺と戦った時に比べて……もっとずっと、異能力の使い方が上手くなってるし、すごい、あんなに俊敏に動く灯子ちゃんとか、見られると思わなくて……」

「……まあ、そうですね」


 お前が運動が出来るようになるなんて、と言われたような気分だ。まあ言葉を選ばずに言うのならそうだろう。


「あとは灯子ちゃん……二人三脚の時まえは会長に言われたから仕方なく勝ちに行く、って感じだったけど……今日見た灯子ちゃんは、勝ちたくて頑張ってる、って感じがしたから」


 その言葉に、思わずはっとなる。勝ちたくて、頑張っている? ……私が?

 いや、でも、確かに……別に、頑張らなくても良かったはずだ。陸上部も、ソフトテニス部も、それ以外も……勝ったところで何か景品がもらえるわけでもないし、勝たないと死ぬわけでもない。……なのに私は、勝ちに向かっていた。自然と、勝つためにはどうすればいいか……それを、考えていた。


「……見苦しかったですよね、私」

「いやいや!? そんなわけないよ。俺は今、灯子ちゃんの素敵なところを言ってるんだから!!」


 自然と俯きながら呟くと、全力で否定された。素敵、って……。

 そう思いつつ顔を上げると、そこには優しく笑った先輩が。


「前までのちょっとドライな感じの灯子ちゃんも素敵だったけど……今の灯子ちゃんは、もっと素敵だよ」


 そして、頭を撫でられる。……春松くんといい、私の頭を撫でたがる物好きが多いな。


 そして、少しだけ腑に落ちる。……もし私が春松くんに魔法を使ってもらって、それで強くなっていたとしたら……きっと、今日みたいなことはなかったのだと。

 私は自分で強くなったから、今日みたいに、自然と体が動くようになったのだ。

 魔法で機会を奪ってはいけない。その意味が、もっとちゃんと理解出来たように思う。


 熟考して黙る私を見て、先輩は少し笑った……気がした。しかしそれを確かめる前に、よーっし! と言って、彼は立ち上がる。

 なんだ、と思っていると、彼は私に手を差し出して。


「あと1つ、行きたいところがあるんだ。行こ!」


 私はしばらくその輝かしい笑顔を見てから……休憩も出来たことだし、と、その手を取った。

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