支えてくれる、仲間がいる

「……っ!!」


 大智は異能力を使う。その瞬間、地面が大きく揺れた。……それはまるで波のようになり、大智を流す。……否、サーフィンのように、彼は巧みに乗りこなして見せた。そのまま素早く、味上に近づく。

 味上は揺れる地面によろめくことはなく、毅然とした態度で包丁を構える。曇り1つない、錆1つない料理包丁には、大智の顔が映っている。


「……少し順番は前後しますが、仕方がないですね。料理は、安心してゆっくり、楽しく食べられることが一番。……脅威を排除し、先にデザートデセールといきましょう」

「き、脅威は君の方だと思うけどっ……!?」


 好き勝手喋っている味上に、思わず大智はそう返す。目の前の、人を食物としか思っていない彼のことは、理解できない。だから怖い。

 ──でも、怯まない!!


 味上が切りかかって来る。大智はそれを避けたが、その拍子に長い髪が少しばかり切れた。……その瞳が、よく見えるようになる。


 その瞳には、気弱な態度からは想像できないほどの、強い光が宿っていた。……思わず、味上は少しだけ気圧される。先程、肩を食したときは、あれだけ消えてしまいそうだったと言うのに。だからこそ、そのままこちらの手駒と出来そうだと思ったのだから。


 何が彼を急激に変えた。

 今の彼の感情は、きっと甘美な味がするのだろう。

 味上は、一層大智のことが欲しくなった。


 何とも言えない嫌な予感というか、悪寒が走るというか。大智は大きく肩を震わせた。……しかし、動きは止めない。地面をトランポリンの様に柔らかくすると、大きく蹴る。味上の懐に飛び込むと、その拳を振り上げる。

 ただの拳ではない。岩を纏わせたものだ。普通の拳よりも威力は凄まじい。大智は奥歯を噛み締めながら、味上の脇腹に、突き刺す。


 味上は、その攻撃に対処しなかった。……代わりに、包丁を振るう。


 拳がクリーンヒットする。

 包丁が、大智の左腕を切り落とす。


「ッぐっ、ぁあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁッ!!!!」


 激痛から大智は悲鳴をあげ、慌てて飛びのく。……右手で左腕のあった場所を抑えた。当たり前だが、そこには何もない。当たり前だ。……目の前にいる味上が、自分の左腕を掲げてうっとりしているし。

 血が止まらない。脂汗が浮かぶ。……そんな大智に構わず、味上は大智の左腕に嚙みついた。……そして、表情を輝かせる。


「……ふ、やはり、とても美味だ!! 決意、痛ましい過去の超克、喜び……口の中でとろける、この感覚!! ……やはり、君はデザートデセールにぴったりだ!!」


 う、嬉しくない!! と大智は心の中で叫ぶ。声に出せるほどの余裕はなかったが。


 体が震え、力が抜けていく。恐怖ではない。左腕を失い、大量の血が急激に失われた。……それにより、意識が酩酊して来たのだ。


 立たないと、いけない。味上は自分を欲している。間違いなく次が、来る。

 痛くても、意識を失いそうでも、それでも──!!


 そこで、味上の死角から飛び出した影があった。……それは、日本刀を構えた灯子で。味上が掲げている大智の左腕を、日本刀の柄で押し上げた。掲げていて、ちゃんと持っていなかったため、いとも容易く味上はそれを手放してしまう。……彼が掴もうとしたときには、既に遅く。地面を蹴った灯子が空中でそれをキャッチすると、大智に向けて左腕を投げた。

 しかし、彼女が叫んだ名前は。


!!!!」

「任せる、ですっ!!!!」


 大智の背後から声が響く。……大智が振り返る暇もなく、誰かが大智の左腕を受け取る。……そして元あった場所に、それを添え。


「……カーラの緑は、癒しの色!! ……再び立ち上がれる力を!!」


 緑の絵の具が飛び散る。……すると、左腕は元通りになり、感覚も元に戻った。意識も、はっきりしている。何度か左手を閉じ、開き、感覚を掴み直して。

 今度こそ、振り返った。……そこには、緑色の髪を揺らして笑う、カーラの姿があった。すぐに白髪に戻ってしまったが。とにかく、どうやら無事だったらしい。


「大智、行って、ですよ!!」

「……うんっ」


 大智は笑い返し、力強く頷いた。


 ──僕を支えてくれる、仲間がいる。そう思うだけで、こんなにも勇気が湧いてくる!


 今までは、あまり力を出し切らないようにしていた、のだと思う。自覚はない。たぶん無意識にストッパーを掛けていたのだろう。……もう誰も殺さぬように。

 でも今は、支えてくれる仲間がいる。助けてくれる人がいる。……だから、大丈夫。


 自分に言い聞かせるよう、心の中で唱えて。大智は強く一歩を踏み出した。



 それと同時、大智の足を始点に地面が大破し、味上の立っているところが崩れ落ちた。



 地震程度では動じなかった味上だが、流石に足場を崩されては対処できないらしい。……しかし味上は諦めない。生じた渓谷に包丁を突き立て、遠心力を利用し這い上がろうとするが……。


 それは一度、見ている。味上を見下ろしつつ、大智はそう思った。

 だからこそ、ここで追い打ちをかける。──大智は異能を扱い、地面から岩の破片を集め、繋げ、巨大な岩を生成する。……そしてそれを容赦なく、味上の脳天へと振り下ろした。


 味上は避けることも出来ず、大智の手には確かな感触が生じる。……そして、大智の作った渓谷の底に誰かが落ちて来たのが伝わったので、地面を直すがてら、彼を地上まで引き上げた。


 助け出された味上はひたいから血を流し、気絶をしていた。殺さぬよう、加減をしてぶつけるのは大変だったなぁ、なんて、大智は思わず1人、苦笑いを浮かべる。

 案外あっけない幕引きに安堵し、足からは力が抜けそうになっていた。


 ……とにかく、出来たんだ。僕にも。

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