約束は、まだ

「……じゃあ僕、もっと強くならないとなぁ」

「え、これ以上? 正気ですか? 考え直した方が周りのためだと思いますよ」

「そこまで言われることある????」


 矢継ぎ早に思ったことを言うと、言葉ちゃんが心外だ、と言わんばかりに言い返してくる。……かと思えば、言葉ちゃんが突然、ぷっ、と吹き出した。そしてそのまま、あははっ、と声を出して笑い出す。


 少しだけ私はそれを見つめて……次第に私も、口元が緩んでいくのが分かった。ふ、と、唇の隙間から微かな吐息が漏れる。それを隠すように、口元を手で軽く覆った。

 そしてそのまま2人で、クスクスと笑い合う。


 ……しばらくそうしていると、言葉ちゃんがふと呟いた。


「……笑うようになったよね」

「……え?」

「灯子ちゃん、5月に初めて会った時より、笑うようになった」

「……」


 そう、だろうか。私は思わず、口に当てていた手でそのまま自分の口角を触る。すると私の思考を読みでもしたように、そうだよ、と、彼女は笑った。


「……そうなんですかね」


 疑問を宙に投げかける。答えは求めていなかったし、言葉ちゃんも同じことを繰り返しは言わなかった。

 ただ彼女は、背もたれに深く体を沈ませる。そして空に視線を投げながら言った。


「……君を初めて見た時さぁ、酷いと思ったよ。ハリネズミみたいに常に人に対して針を向けてるっていうか? この子、この学園で上手くやっていけるのかなぁ、って不安だったんだよねぇ」

「……それはどうも、ご心配をおかけしました」


 皮肉を込めて言うと、ほんとだよぉ、と、その皮肉に気づいてか気づかないでか、のんびりとした声で答えられた。……まあ恐らく、気づかれた上で弄ばれているのだと思うが。


「でも、君は色んな人に関わるようになって」

「……関わらされたの間違いだと思いますが」

「そう、僕が関わらせました~。……それがいい方向に転じているみたいで、良かったよ」

「……」


 授業で1人だった私に、話しかけてくれたココちゃんに、持木もてぎくん。一緒に事件調査をした、墓前先輩。事件調査のために話しかけただけだったけれど、結果的に相談を持ち掛けるような間柄になったひじり先輩。聖先輩を守ろうとする瀬尾せお先輩。墓前先輩の友人の雷電らいでん先輩。


 ……そして何より、私がどれだけ逃げようとしても、私を決して1人にしてくれなかった、この目の前で笑う生徒会長……小鳥遊言葉。


 ……出来るだけ人に関わらないようにして、なるべく目立たないように。そうやって高校生活を過ごしていこうと、思っていたのに。


「……貴方のせいで、全部めちゃくちゃです」

「場を乱すのは得意なんだ」


 そんなことをドヤ顔で言わないでほしい。この人の生業なのだろうか。

 ため息を吐く。全てがこの人の予定調和になってしまっているようで、どうにも悔しい。


 ……きっと、全て決まっていたんだ。

 あの日、木から飛び降りてきた言葉ちゃんと、目が合ってしまった瞬間から、私の運命は。


「これからも乱してくよ~、楽しみにしててね!!」

「嫌な予感しかしません……」

「まあまあそう言わず。人生1度きりの高校生だよ!? 楽しんでいこうじゃん!!」

「どうせ巻き込むんでしょう……」


 うん!! と、相変わらずいい笑顔で答える言葉ちゃん。だから、うん!! じゃないのだが。



「まだまだ僕に、君のことを見せてよ!! 灯子ちゃん!!」



 あの約束は、まだ続いている。あの夜、この場所で、私たちの交わした約束は、まだ。


 陽が落ちる。星が輝きだす。あの日と同じように、一番星が、一等星が輝いていて。今は明け方じゃないから、あれは明け星ではないけれど。


 私の答えは、決まっている。



「その代わり、私にも貴方を見せてくださいね」



 言葉ちゃんは目を見開く。その表情に、少しだけしてやったり、なんて思った。少しだけだ。

 しかし言葉ちゃんはすぐに唇を真横に引き、にぃ、という効果音がつかんばかりに笑う。よく笑う人だ。本当に。


「ええ~、恥ずかしいなぁ、どうしようかなぁ」

「……では、貴方も私のことは見ないでください」

「あーーーー!!!! 冗談です!! どうぞどこでも見てください!!」

「いや……そんな迫られても、困るのですが……」


 私も思わず、小さく笑ってしまう。もう口元は隠さなかった。どうせ、バレている。


 だから今は、笑い合って。




※挿絵あり

https://kakuyomu.jp/users/rin_kariN2/news/16817330653909296294

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