手慣れている理由
「……よく、怪我人の相手をすることが多かったからさ」
応急処置も終わったので、2人並んでベンチに腰掛け、和んでいると、ふと言葉ちゃんがそう言った。意味が分からず、首を傾げていると、さっきの灯子ちゃんの感想への返し、と言われた。
……ああ、手慣れているな、という、あのコメントか。
「前のかいちょーがさ、よく怪我する人で……それで僕が文句言いつつ応急処置したりしてて」
「ああ、噂の……弱い生徒会長、ですか?」
「……あの人は強いよ。誰よりも」
「え、でも、保健室の先生が、異能力が弱いって……」
「……確かに、異能力だけで考えたら弱いけどね」
でも、強い人だよ。言葉ちゃんはそう続ける。言葉ちゃんが人のことをそう言うだなんて、珍しい。思わずジロジロ見つめていると、言葉ちゃんがどこか気恥ずかしそうに目を逸らした。褒めまくったのが恥ずかしいようである。
「後は、昔から僕自身が怪我することが多くてさ……。まあ、溌剌な子供だった……っていうのもそうだけど、そうじゃなくて……その、色々あった後、異能力を強くしようって、自分からトレーニングを始めて……それで、怪我することが多くてさ。だから自然と、応急処置は上手くなったというか」
色々。そう言った時の言葉ちゃんの表情が、仄暗かったものだから、まあそういうことなのだろう、と思い、それ以上の追求はしなかった。ただ説明してくれたことに対し、そうですか、とだけ返す。
「……言葉ちゃんのあの、化け物級の強さ……幼少期から鍛えていたことが、原因なんですね」
「君僕のこと化け物だと思ってたの?」
「化け物級って言っただけなのですが……でも、貴方を知る大半の人間がそう思っていると思いますけど……」
「ええ、ひっどいなぁ」
そう言いつつも、言葉ちゃんはクスクスと笑っている。あまり気にしていなそうだ。
「……強くならなくちゃ、いけなかった。じゃないと……私自身を、守れないから」
ぼやくように、言葉ちゃんは呟く。そこには、重みがあった。自分を傷つけられた……その見えない傷跡の、重みが。
「……男の人にも、負けないように、怯まないように……そのために、異能力を鍛えてきた。それが間違いだと、思ってない。でも……」
言葉ちゃんは、蹲る。ベンチの上で、体育座りをする。
「……それが『兵器』になっちゃったら、終わりなんだ」
「……」
兵器、というのは、理事長先生……いや、もう、「元」理事長先生が言っていた……計画のことを、指しているのだろうか。
私は彼女から視線を外し、空を見上げる。空が高かった。恐らく私たちは今、この学園で1番、空に近いというのに。
「……彼は、言っていました。小鳥遊言葉がいる限り、どんな異能力者を募ろうが、計画の成功率は下がると」
「……?」
「貴方は確実に、抑止力になっていました。……だから、貴方は『兵器』になんてなっていませんよ。……大丈夫です」
……どちらかと言えば、兵器として扱われたのは、私だし。
もし本当に、私と言葉ちゃんが本気で戦っていたら、一体どちらが勝っていたのだろう。
……いや、絶対私が負けていたな。あの人に苦戦していた時点で、たかが知れる。
あの、怒り狂った言葉ちゃんを思い出す。私はあの時……足が、すくんでしまっていた。元理事長先生を必要以上に攻撃しようとする彼女を、止めなくてはと思う一方で、体は全く動こうとしなかった。
もし私があちら側についていたら、きっとあの視線を、あの怒気を向けられていたのは……私だ。
……うん、やはり無理だ。
「……そう、だと、良いな」
言葉ちゃんが小さくぼやく。その呟きは、夏の蒸し暑さに、溶けて消えていく。そんな感じがする。
「……そうですよ」
私のその言葉も、きっと溶けて消えていく。
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