異能力を奪う

「尊とパレットは、昨日渡した資料に目を通したよな? 通したという前提で話すぞ。……『第六感』と呼ばれる男の名前は、Smile。だがまあ、自称だ。だから本当の名前は分かっていない。……こいつは生粋のサイコパスで、人の絶望顔を拝むのが好きとか言う、大層なご趣味を持っていやがる。特に、社会的に見て成功していたり、人生が楽しそうな人間に執着する傾向にあるみたいだ。……まっ、そんなやつほど絶望顔にさせられたら楽しいよな。気持ちは分かる」

「いや、分かるなよ……」

「俺に普通の感性を望むな。……こいつの異能力は、『手を繋いだ相手の身体状態を自在に操る』……というものだ。それで好きな時に死の淵を体験させて、それで絶望する様を見て楽しんでいる」


 ここまでは、昨日渡された書類に書いてあったことだ。その再確認を終えてから、密香は続ける。


「と、いう風になっていたが、実際は少し違うらしい」

「ち、違う……?」

「トリガーは手を繋ぐこと。身体状態を自在に操る、ということも間違いなはい。ただそれは、一部を見せられているに過ぎない」

「一部……」

「ああ。……こいつの異能力は、それじゃない。こいつの異能力は……『接触を行った後に殺した相手の異能力を奪うことが出来る』、そういうものだった」


 会議室を、静寂が包む。それに構わず、密香は続けた。


「身体状態を操るというのは、過去に誰かから奪ったことがある能力、ということだろう。……便利だったから使い続けてるんだろうな」

「……1つの異能力を使い続けることで、異能力はそれだと勘違いさせることもできる……っていうのもあるね」

「ああ。ふざけた野郎だが、頭も回るやつらしい」


 そう言うと密香は、頭を掻きむしる。


 合点がいったからだ。過去、あの雨の日、あの日は偶然、出会ってしまったものだと思っていたが……恐らく違う。そう分かったから。


「……俺は……不本意だが、『視覚』、『味覚』……そしてこの『第六感』に出会って、殺されかけたことがある。出会ってしまったのはたまたまだと、そう思っていたが……」

「……偶然じゃない、って考えるの?」

「ああ。……大方、俺を殺して俺の異能力を手に入れようという魂胆だったんだろう」


 ひえっ、と大智が小さく悲鳴を上げる。それを冷ややかな目で見つめてから、密香はため息を吐く。


「幸い、向こうが飽きてくれたお陰で、俺はこうして生きてるけどな。……それは指示者の拘束力が弱かった、ということの裏返しでもあるが」

「……指示者?」

「ああ、そういやこれは、俺と伊勢美しか知らないんだったか。……『五感』には、指示者がいる。そいつが『五感』に指示を出して、事件を起こさせている。そして俺たちに止めさせている」

「止めさせて……? あれ? じゃあそれって、つまり……?」

「そうだ、その指示者は、対異能力者特別警察内にいる可能性が、著しく高い」


 カーラの言葉に、密香は頷く。ひえええと大智が悲鳴を上げ、泉は何か真面目な表情で考え始めていた。

 しかしすぐに何か思い至ったのか、泉は立ち上がった。


「もしかして……!! 俺が密香を部下にするって言った時、渋った様子はあったけど、でも割と簡単に受け入れられたのは……!!」

「……俺を対異能力者特別警察の近くに置いていた方が、都合が良かったんだろう。しかも俺の管理は、お前がやってくれると来た。鴨がネギ背負ってやって来た、ってとこだな」

「……本当に……すごい異能力者、なんですね……っ、忍野さんって……」


 震えている大智だったが、一方で密香に向け、半ば感心したように告げる。すると密香の鋭い瞳が大智に向けられ、大智は大きく肩を震わせた。


「何悠長なこと言ってんだ。お前らもだぞ」

「……えっ?」

「俺だけじゃない。尊大智、カーラ・パレット。お前らも、殺して異能力を手に入れてやろう、っていうリストに入ってたぞ。……『湖畔隊』に入れられて、『五感』の任務に回されたのもそのせいだ。任務の中で死亡、遺体は対異能力者特別警察に引き取られ……という自然な流れにしようと思ってたんだろうな。まあ、お前らは実力でそれを止めてきた。誇っていいぞ」


 密香は軽い調子で言い捨てる。それで大智もカーラも少しばかり嬉しくなってしまうのだから、褒められ慣れてない、とは常々思う。


 ちなみに俺は? と泉が問いかけ、聞くまでもないだろ、と密香。ですよねぇ、と泉は少しばかり落胆した様に答えた。そうなると自分は大方、そんな異能力者たちの管理役、というところか。


 ……ここまで聞いただけでも、十分キャパオーバーになりそうだが。それでも止まるわけにはいかない。泉は先を促した。


「それで……『第六感』に強い異能力を集約させるような真似をして、その……黒幕って言うべき? 黒幕は一体、何をしたがってるわけ?」

「……流石に、事細かには分からないが……1つ、とんでもないことが書いてある文書を発見した」

「……まだとんでもないことがあるわけ?」


 お腹いっぱいなんだけど、と泉が呟く。それには全面的に同意しつつも、密香は続けた。


「伊勢美灯子の話にも繋がってくる。……ところでここで、パレットに問題だ。伊勢美は異能力で親友を殺した。つまり、伊勢美が異能力で消したものは、なんだ?」

「えっ、え? ……えーっと……い、命……?」


 突然問いかけられたカーラは、戸惑いながらも答える。密香は頷き、正解、と短く告げた。それを聞いて、カーラは嬉しそうに笑う。


「そして伊勢美はもう1つの異能力で……。……この意味が、分かるか?」


 しかし密香の次の言葉を聞き、カーラは目を見開いた。それは、泉や大智も同じで。


 彼女はかつて、命を消した。そして彼女は、消したことがあるものを生成出来る。

 それは、つまり。





「伊勢美は…………」

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