諦めない

 泉は、か細い声で告げる。頬には、冷や汗が流れていた。

 密香は頷く。その事実を、肯定してしまう。


「そうだ。伊勢美灯子は、自由に命を作ることが出来る。ま、うつわはどうするんだとかいう問題もあるけどな。……逆に言えばそこらへんをクリアしてしまえば、伊勢美は人間を作れる。……さながら、神様にでもなれる、というところか」

「かみ……さま……」


 大智は小さく呟く。


 思い出していた。人生で一番辛くて、苦しくて、痛くて。……死にたくてたまらなかった、あの日。

 いくら神などに願おうとも、誰も……誰も助けに来ては、くれなかった。


 だから神様なんていない。そう思っている。……けれど自分のすぐ近くで、神様が生まれようとしている。


「そして黒幕はその神様と『第六感』を使って……最強の人造異能力者軍団を作ろうとしているみたいだ。命と、得られた異能力を、組み合わせる。……そうしたら異能力者の完成、ってわけだ。簡単な足し算だな」

「……」

「……そこから何をしようとしているのかは、俺にも分からねぇ。軍事利用でもする気か、平和のための抑止力にする気か、世界的なテロでも起こす気なのか……そんだけ大規模な力、使いようなんていくらでもある。俺だったら扱いきれなくて、間違いなく逃げるな。……でも、実際にそれを作って、どうにかこうにか使おうとしているやつがいる。それは確かだ」


 会議室の中を、重苦しい沈黙が包む。今はなされたことが真実なのか……にわかに信じがたいが。それでも、事実なのだろう。


 大きな壁が立ちふさがっている。今まで見たことも無いような、そんな、大きすぎて越えようとも思わない、壁が。

 ……そして無力な自分たちは、その脅威に震えるしかない。


「さて……どうする? 一介の小さな警察組織が抱えられることじゃなくなってきた。もちろん、すぐに忘れるなんてことは無理だろうが……何も知らないフリをして、このまま流れに身を任せる方が賢いだろうよ。伊勢美のことも、諦めろ。あいつは……恐らく今、復讐を……Smileを殺しに行こうとしているんじゃないかと思う。……きっと、もう戻らない」


 密香はため息交じりにそう告げる。この場で、彼だけが冷静だった。それは先に話を全て把握していたから、というのもそうだし。


 ……何より、この先の展開は、容易に想像が出来たから。


「……出来ないよ、そんなこと。……忘れるなんて、諦めるなんて、出来るわけがない」


 そう静かな声で空気を震わせたのは……泉だった。

 真っ直ぐな瞳で密香を見つめ、話している。


「俺にどうにか出来るなんて、そんなこと分からない。本当……もうどっから手を付ければいいんだよ、って感じだけどさ。……でも、知ってしまったのに何もしないなんて、そんなの無理だ」


 密香はその、澄んだ瞳を見つめ返す。……それはやはり、自分が持っていない純粋さで。

 密香は深々とため息を吐いた。


「はあ……ま、そうなるよな」

「……え?」

「お前がはいそうですかって退くような賢いやつだなんて、思ってねぇよ。どうせ馬鹿みたいに無駄な正義感発揮して、自分が被害受けるって分かってても、無謀でもなんでも、飛び込んでいくんだ」

「ば、馬鹿って……」

「……馬鹿だよ。お前は、この場の誰よりもな」


 ──でも、それで救われている人間が、沢山いるんだ。そこまでは声に出さず、密香は小さく微笑んだ。


 お前はずっとそうやって、馬鹿みたいに愚直でいてくれればいい。


「……カーラもやる、ですっ!!」


 そこでカーラが勢い良く立ち上がり、大きな声でそう告げる。それで隣にいた大智が、驚いたようにひゃっ、と声をあげて。……カーラは一瞬だけ大智を見て、ごめん、と謝ってから、密香に視線を戻した。


「その、カーラ、全部ちゃんと理解できたのか……分からないけど……でも、灯子が困ってたり、もし悪いことをさせられそうなら、カーラも何もしないなんて嫌だからっ!! だから……大変だろうけど、カーラもやる!! ……何するかも、分からないけど、です」

「ぼ、僕もっ……」


 叫び終わったカーラの隣で、大智も立ち上がる。しかし恥ずかしくなったのか、すぐに座り直して。


「……灯子さんには、沢山、助けてもらいましたしっ……お世話に、なりましたっ……だ、ッ、だから、僕もっ……何もしないなんて、落ち着きません」


 息を整えながら、大智は言い切る。2人の言葉を受け、泉は嬉しそうに微笑む。密香は、どこか呆れたように笑っていた。


「……馬鹿に絆されたやつは、揃いも揃って無鉄砲の馬鹿になる法則でもあんのか?」


 口ではそんな毒を吐く。まあ、その法則はあながち間違ってないのかもしれない、とも思った。


 だって、自分だってそれに付いて行こうと思っているのだから。


 君は一番上に立つのではなく、一番上の者を支える人間だ。あいにそう言われたことを、思い出す。……どうせ乗り掛かった舟だ。付き合ってやる、最後まで。


「……そうと決まれば、これからどうするのか考えないといけませんね。隊長」


 密香は泉にそう持ち掛ける。口調が変わって部下モードになった密香に苦笑いを浮かべてから、泉は頷く。


「そうだな。──慎重に、でも大胆に、やろう」


 泉がそう宣言すると、大智、カーラ、密香の3人は……大きく、頷いた。

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