一進一退

 カタカタ、と小さく音が鳴っている。刀をぶつけ合う力は、大体拮抗しているらしい。

 ……だが、油断は禁物だ。至近距離にいる春松くんは、まだまだ余裕そうな表情だから。


 僕は一瞬、一瞬だけ、全力で刀を向こうへと押し込む。するとわずかではあるが僕の日本刀が優勢になって……。


 だけどそこで、向こうが不意に力を抜いた。そのせいで、僕の体はがくんと前に倒れ込む。春松くんがその隙を見逃すわけもなく、彼は素早く身をよじると、僕の左横に回り込む。そして鍔迫り合いを諦めた日本刀を、がら空きの僕の背中に叩き込み──。

 ……僕の「A→Z」が発動。日本刀の刃は、消える。



 ──そう、思っていた。



「……ッ、がはッ……!?」


 腹部に、鈍い痛みが広がる。体の中にある臓器たちが圧迫され、押し潰され、言葉に出来ない苦しさが生じる。僕の口からは、情けない悲鳴が零れた。

 そのまま押し上げられ、体が宙に浮く。今何が起きているのか、把握しきる前に、僕の体の背面は壁を叩いていた。


 頭も打ったらしい。目の前がチカチカと点滅している。腹部がじくじくと痛み、思わず口を手で抑えて、咳き込んだ。手に付くものは、恐らく胃液やら血液やらだろう。生憎、確認するほどの余裕はないが。

 安定しない視界で、前を見る。……そこには、左膝を上げたままの春松くんが。無表情のまま、こちらを見ている。


 ……日本刀で攻撃すると見せかけて、膝蹴りされたか……。


 分析もそこそこに、僕は立ち上がる。休んでいる暇なんてない。彼がそれを与えてくれるわけがない。


 その予想通り、彼は軽い調子で地面を蹴ると、すぐに僕との距離をゼロに縮めてきた。僕は刀を振るう。だけどそれは防御に過ぎず、攻撃までにはなかなか至らない。攻撃する隙が、見当たらない──!!

 それどころか彼は、僕の隙を的確に突いて来る。刀を振るう回数はほぼ同じなはずなのに、確実に僕が負うダメージの方が多い。


 ……流石に、致命傷を与えるのはあれだと思っていたが……そんなこと、言っていられない状況だな!!!!


 今更ながら、「全力でかかって来いよ」という春松くんの声が脳裏によみがえる。僕はまだ、全力を理解していなかった。


 ──全力で、死ぬ気でやらないと、最悪本当に死ぬ。


 春松くんの動きで、そう、分かってしまったから。


 一瞬たりとも気の抜けない、刃の交差が続く。僕はこんなにも必死だというのに、春松くんはまだまだ余裕そうだった。いなされているだけで、まだ向こうは本気を出していない。

 そう分かるからこそ、苛立ちと焦りが募っていく。


 だがここで、感情に任せてヤケになってはいけない。それもよく理解している。剣技の隙間で、僕は深く息を吸った。


 ──そう、僕が持っている武器は、日本刀だけじゃない。


「おっと」


 そう言って、春松くんは飛び退く。そして日本刀を空中で一振りした。……春松君の持つ刀に纏わり付く氷が、振り払われてしまう。

 ……流石、春松くん。すぐに気付かれた。


「Z→A」を用い、春松くんの日本刀を氷で覆って使わせなくしようと思ったが……あれだけ離れられてしまうと、もう僕の異能は届かない。


 そうなると、近づくのは危険だと彼は判断するだろう。だけど春松くんは魔法を使えない。そして持っている武器は、接近戦に特化した日本刀。……そうなると必然的に。


 僕の前に立つ春松くんが、地面を蹴る。真正面から、僕に斬り込んできたが……。


 僕は、そちらを見ない。集中しろ、目ではないところで、感じるのだ。彼のことを……!!


「……っ!!」

「チッ……避けたか!」


 右。微かに感じた人の気配。体をよじると、背後で何かが……僕の髪を裂く。どうやら避けきれなかったようで、結んでいた髪が重力に任せて垂れ下がった。

 ……せっかく墓前先輩に結んでもらったのにな、という感想は飲み込んでおいて。


 春松くんがいるであろう方向に、僕は刀を振るう。ガキン!! と大きな金属音が響いて、手には確かな感触が伝わった。


 真正面に立つ春松くんの姿が揺らぎ、消え、僕の右に……彼の姿が現れる。僕の日本刀は、確かに彼の攻撃を防いでいた。


 春松くんの異能力、「春眠の夢」……幻影を見せる異能力だ。だが逆に言うと、視覚以外は騙せない。

 視覚以外の五感に集中すれば、防げないことはないのだ。


 だが、いつまでこれが出来るだろうか。今はたまたま出来た。だが次も成功する保証はない。……だから。


 今、その姿が見えている時に、押し切る!!!!


「はぁっ!!」


 僕は腹の底から力を込めて叫び、刀を振るう。……今度はその刃に、炎を纏わせて。こうすることで、斬るだけでなく焼くことも出来る!!

 猛攻する僕を、春松くんはただ受け止めている。ここでまた距離を取られても、僕が困るから──。


 足元を蹴る。それと同時、春松くんを囲むように鉄の檻が出来上がった。

 姿が消せると言っても、逃げられる範囲が狭くなったらその異能力にあまり意味はなくなる。そして、日本刀で鉄を砕くというのは、現実的ではない。


 この中で全て、完結させよう。


 僕は炎を纏った日本刀を振るう。火の粉が僕にも降りかかり、周囲の空気は少し熱いが……まあそんなものは、「A→Z」で消してしまえば問題ない。

 春松くんは、僕の攻撃を防ぐばかりで、逃げることもままならないらしい。その刀身は溶け始め、春松くんは冷や汗を流している。


 今は僕が優勢、か……。

 行ける。このまま勝てる。そんな確信が芽生え始めた。

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