「俺を倒せ」
泉さんのところへ向かい、写真を見せることになった。ただ、写真の量は膨大で時間が掛かる、ということで……伊勢美は一足先に帰ってもいいよ、と言われ、お言葉に甘えることにした。
……丁度、放課後に呼び出されていたし。
私は、人気のない公園に辿り着く。……なんだかここに来るのも、随分久しぶりなような気がした。最近は、ずっと海中要塞の方に直行していたもんな。
「……おー、伊勢美、久しぶりだな」
「……お久しぶりです。
背後から話しかけられたので、振り返る。そこには……いつも通りの仏頂面でこちらを見つめる、私の特訓相手であり、本物の魔法使いの……
私は彼に呼び出され、こうして彼の秘密基地まで来ていた。
春松くんは慣れた様子で魔法の杖を振るう。……すると目の前の景色が、一気に変わって。あっという間に秘密基地の中まで来られた。
「……さて、お前を呼んだ
早速本題に入るらしい。しかし春松くんは、そこまで言ってから黙ってしまう。……もったいぶる必要があるのか。これ。
この前の電話で、なんとなくの要件は分かっている。私はため息を吐いてから言った。
「……私がいつまでここに来るか、ということでしょう」
「……ああ、そうだ」
やはり、もったいぶる必要なんてないじゃないか。そう言いたくなる気持ちを抑え、今度は私が黙って話の続きを待つ。……彼は少し目を伏せてから、ゆっくり開き……そして私を見つめて、言った。
「卒業試験といこう」
「……」
「伊勢美、俺を倒せ」
胸に手を当て、彼は私を見つめる。
端的なその内容に私は、はあ、と気の抜けた返事をするだけだった。
まあ早い話、最初に会った時に言われたことを実演しろ……ということなのだろう。
私は、周囲の人間が化け物レベルで強いということを知っている。しかし一方で、そのレベルに早く追いつかないといけない。そう告げた時に、春松くんが言ったのだ。
『じゃあ、そのためにもまずは、俺を倒せるくらいにはなってもらわないとな』、と。
で、今がその時なのだ。
「俺は魔法の杖は使わない。……お前の『A→Z』で万が一消されると困るし。でも魔法を完封するのは手加減してるみたいでフェアじゃないからな。……代わりに俺は、杖で出す武器と、持っている異能力を使って、お前と戦う」
「……分かりました。今から、ですよね」
「そうだ。……全力でかかって来いよ、伊勢美」
「言われなくても」
いつもトレーニングをしていた、訓練場に足を踏み入れる。春松くんと距離を取り、彼を見つめる。彼は何やら呪文を唱え、武器を生成しているようだった。
やがて、光り輝く杖から生成されたのは……。
「……日本刀」
思わず、呟く。私が彼に貰ったものと、同じ──。
いや、でも、あれは違う。私の日本刀とは別だ。色も、光の反射の仕方も、持ってはいないが、きっと重さだって違う……。あれは、他人のものだ。そう、分かる。
光を受け止め、鈍く光る日本刀。彼の握るそれの切っ先は、私に向けられている。ああ、あれは、きっと春松くん自身なのだな、と思った。
彼はどこまでも鋭く、冷静で、でもどこか優しい温もりを孕んでいて……。
何より、ずっと、真剣だ。
だったら、私はどうだ。そう考えた。私の持つ日本刀は、私のようだろうか。まだ余所者感があるのではないだろうか。
春松くんが言っていたことを思い出す。異能力も、魔法も、武器も、自力では届かないあと一歩のところまで届かせてくれる存在なのだと。だからこそそれらは、自分の手となり、足となり、時には心臓になる──。
「……」
ため息を吐いた。きっと、このままじゃ駄目だ。私は、私自身にすら隠している私が、多すぎる。知ってはいるけれど、目を逸らしている。……そんな私は、きっとまだ、この日本刀とは他人のままだ。
つくづく嫌になる。あのことはいつまでも、自分の足を引っ張るのだから。
これは、春松くんとの勝負だ。分かっている。
……だけど同時にこれは、きっと──自分との戦いでもあるのだ。
「……」
今度は、息を吸う。
僕は、日本刀を取り出して……同じように、春松くんへと向けた。
「僭越ながら……お相手致します!!」
自らを奮い立たせるよう、叫ぶ。
それと同時、春松くんの頬が微かに紅潮し、にぃ、と笑うのが見えた。きっと、楽しんでいる。
そして僕も、似たような表情を。
僕たちは同時に地面を蹴る。若干色の違う刀身は、持ち主に似合った光を映し、弾く。
刀の軌道が、残像を描く。
そして……勢い良く、衝突した。
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