言っていないこと
愛さんが墓前先輩を呼びに行き、入って来た先輩は、一言。
「うん、綺麗だ」
「口説きか????」
愛さんが秒速でツッコミを入れ、そんなんじゃねぇから!!!! と、顔を赤くし、相手が年上なのも忘れた様子で言い返していた。いや、私も口説かれたなんて全く思っていないし、別にそんなに慌てる必要は無いと思う。
「そうじゃなくて、やっぱり俺の審美眼は間違っていないと思っただけだ!!」
「ああ、そういうことか!! 確かに灯子は美人だ!!」
「分かります? 伊勢美は一見地味ですが、絶対磨けば光るタイプだと思っていて、今回は着るだけですが、当日は髪と顔もセットアップして……」
「あの、私の話で勝手に盛り上がらないでください」
あと、私は美人ではないし。そういう言葉は、言葉ちゃんとか墓前先輩とか愛さんとか、そういった人に使われるべき言葉だ。
あ、と先輩は短く呟くと……私の背後に回った。そして、髪触っていいか? と問われる。何をされるのだろう、と分からないまま頷くと、一旦ヴェールを除けてお団子を解いた後、素早く手櫛で髪をまとめ上げられた。どうやら、服に合わせて髪型も変えたらしい。
ヴェールを優しく掛けられて、改めて完成だ。
最後に、先輩に促されて姿見の前に立つ。……そこには、普段より一層オシャレになった私がいて。
「キツいところはないか?」
「……はい、大丈夫です」
「じゃあ、歩いたり手を振ってみたりして、張るところは? 破けそうだったり変な音がしたりしないか、確認してほしい」
言われるがまま、私は被服準備室の中を一周してみたり、軽く回ったり、手を挙げたり、動いてみる。しかしやはり、変なところはない。
大丈夫そうだな、と先輩は満足げに頷いた。
「じゃあ、当日はよろしく頼むな、伊勢美」
「……はい。まあ、ぼちぼち頑張ります」
「……ま、歩くだけでいいから……」
やる気のなさそうな私の言い方に、墓前先輩は苦笑いを浮かべながら答えた。まあ面倒だが、頑張ると言ったことは嘘じゃない。……先輩には日頃からお世話になっているし。
もう一度先輩に出て行ってもらい、制服に着替え直してから、先輩に服をお返しする。ついでに、と先輩に髪をしっかりとまとめてもらってから(いつもは下の方でお団子にしているのだが、上でお団子にされ、更に一部の髪は結ばずに下ろされた。ハーフアップお団子、と言うべきか)、被服準備室を出ようとする。しかしそこで、愛さんに引き留められた。
「せっかくだから、君たち2人の写真を撮ってもいいか?」
「「えっ……」」
私と墓前先輩の、戸惑ったような声が重なる。だが、愛さんはカメラを片手にニコニコしていた。もう、撮る気満々、という感じである。
どうします、と問うように先輩を見上げると……彼は苦笑いを浮かべながら、肩をすくめた。仕方ないだろ、とでも言うように。そうですね、と私も苦笑いを浮かべた。
「2人とも、もっと寄って──そう、そこだ!! じゃあ、撮るぞ~」
ポーズはどうしよう、と無難にピースをし、横目で見ると彼もピースをしていて、思わず小さく笑ってしまう。そのまま視線をレンズに戻すと同時、シャッターが切られた。
……たぶん私は、多少なりともいい顔しているのではないか、なんて、思う。
今確認するから待っていてくれ!! と言われ、愛さんがカメラを見つめると同時、伊勢美、と、小さく短く、名前を呼ばれた。
なんですか、と答える前に、墓前先輩は小声のまま続ける。
「──あの人から、目を離さない方が良い」
「……え」
あの人、と告げる、その視線の先には……もちろん、愛さんがいる。
どうして、と尋ねたくなる。しかし一方で、私はその理由に思い至っていた。
「……何が、見えたんですか」
墓前先輩は、憑き物が見える。そういう体質、らしい。私が「溌剌伊勢美」と呼ばれているのは、私に憑いているのが「元気溌剌」な性格だから、らしく。
そして先輩は、愛さんを初めて見た時……彼女の背後辺りを見て、息を呑んで、少し青ざめていた。
まるで、見てはいけないものでも見たみたいに。
恐らく、私の予想は当たっているのだろう。しかし、先輩はどこか憂い気に微笑むだけで。
「……それは、内緒」
やはり、教えてはくれなかった。
何が見えたか、そういうことは、人に教えてしまったら駄目らしい。前に先輩はそう言っていたので、私はそれ以上聞けなかった。
「だいぶいい写真が撮れたなぁ。本当に、君がいて良かったよ」
「いや、私はほとんど何もしてないです……」
「またまた、そう謙遜しなくても大丈夫だぞ!!」
いや、謙遜とかじゃなくて事実なのだが。そう言っても無駄なのだろう。押し問答も面倒なので、そのまま閉口を選んだ。
泉にも確認してもらうか、と愛さんが言うや否や、歩き出す。……私は思わずその背中に、言葉を投げかけた。
「愛さん、何か、言っていないことがあるんじゃないですか」
愛さんは、足を止めた。
そして、振り返る。その顔には、微笑があって。
「ん? 言っていないこと、とは?」
「……えっと」
墓前先輩から言われたことが、引っかかっている。目を離さない方が良い。どうして、先輩はそう言った?
愛さんが危険な存在なのか。愛さんが危険な状態なのか。たぶん、きっと、どちらかで。
私には、そんな聞き方しか出来なかった。
だがそう、きょとんとした顔で見つめられると……墓前先輩の勘違いなのではないかと、そう思えてくる。こんな不自然なくらい真っ直ぐな人が、何かあるのだろうか。
……それすら無意識に、知らない内に、愛さんの手のひらで踊らされているのかもしれないけれど。……それが、私に分かるはずもない。
「……何でもないです」
結局、私はそう言うしかない。そんな私に、彼女は、そうか、と返事をした。そこに、腹を立てているような様子はない。終始笑顔で、私を見つめるだけだった。
……どこまでも、真っ直ぐに。
「そう言う君は?」
「……え?」
「何か、言っていないことがあるんじゃないか?」
愛さんのその言葉に、心臓が跳ね上がる音が、耳元で聞こえる。
ないと言えば、嘘になる。誰にも言っていない。私が、言葉ちゃんを殺そうと思っていること。……その、理由。
ずっと、この胸に1人、隠している。……それを晒され、見つめられているような……そんな緊張の中に、放りこまれたような気がした。
だが彼女は目を伏せると、なんてな!! と笑う。私は思わず肩を震わせた。
「ほら、よく言うだろう? 質問を振りかけて来る人は、実は同じ質問を振りかけたがっていると。『好きな人と最近どう?』と聞いてくる人が、本当は自分が聞いてほしいだけ、というやつだ。てっきり、それかと思ってな!!」
「あ、ああ……なるほど……」
愛さんは朗らかに笑っている。私は、乾いた笑みで言葉を返すことしか出来なかった。
愛さんはそんな私を、温かな笑顔で見つめ……そして、再び歩き出す。もちろん、私から視線を外して。
話が逸れたことにほっとしつつも、私はその背中を追った。
……愛さんは、危険だ。
踏み込み過ぎると、こちらが食われる。……どうしようもなく、そんな予感がした。
それに、やはり愛さんも元生徒会長なだけあり、底の見えない恐ろしい人だ。……無邪気に見せかけて、しっかりと周囲を冷静に見ている。……私を笑って見ているが、さっき、私から視線を逸らす一瞬前、その瞳の奥に……鋭さがあった。
以前までの私なら、きっと気づかなかったくらいの、些細で鋭利な感情。
本当に、一瞬たりとも油断が出来ない状況である。私は冷や汗を流すしかなかった。
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