灯子の用事

 外の撮影が終わる頃には、校舎の中に人が増え始めていた。静かでおごそかな雰囲気だった早朝と違い、楽しそうな声が飛び交っている。いつも通りの賑やかさだ。


「さて、君はそろそろ約束の時間だったな」

「あ……はい」


 愛さんからそう言われ、私は戸惑いつつ頷く。この人、覚えていたのか。


 そう。昨日、明日も手伝ってくれ!! と言われた時、いいですけど明日は人と約束しているので、その時間は無理です。と断っていたのだ。ふぅん、と流されたので、てっきり覚えていないと思っていたのだが……。


 ……まあ、元生徒会長であるこの人が、そんなやわな記憶力なわけないか。


「じゃあ、行ってきます」

「ああ」


 私は頭を下げ、愛さんに背を向けて歩き出す。目指すは被服室だ。

 ……。


「……あの、なんで付いて来るんですか」

「? 何故付いて行っては駄目なんだ?」


 質問に質問で返された。愛さんはきょとんとした笑顔で首を傾げている。そう堂々とされると、言い返す言葉を失ってしまうので……不思議だ。


「君の約束というのも、文化祭準備に関わることだろう? ならば私の仕事でもある!!」

「……もうそういうことでいいです」


 遂に言い返す気も失った。私は歩みを再開し、彼女は私の背中を追って歩き出した。



 そして辿り着いたのは、被服室。私はその横にある……被服準備室の方を、ノックする。

 中から返事が聞こえると、私は扉を開いた。


「……墓前はかまえ先輩、こんにちは」

「ああ、溌剌はつらつ伊勢美。来てくれてありが……」


 トルソーに着せたゴスロリを見ていた墓前先輩は私の方を振り返り……そして、固まった。まあ、知らない人と一緒に来たら驚くだろうな……。


「えっ……モデル……????」


 墓前先輩は、愛さんの下から上までじっくりと眺めると、そんな感想を口にした。いや、確かに……この人、美人だし身長も高いし……一見すればモデルかもしれない。

 だがそこで、墓前先輩の視線が……愛さんの背後で止まった。そして彼は大きく目を見開き……。


「……どうかしたか?」


 愛さんに笑顔で話しかけられ、はっとしたように目を見開いた。


「……あっ、すみません。ジロジロ見てしまって……で、誰ですか」

「ああ、突然邪魔をしてしまってすまない!! 私はにのまえあいという者だ。理事長に頼まれ、文化祭準備から当日までの撮影に来た」

「青柳先輩が……俺は墓前はかまえ糸凌しりょうっていいます。あ、こういう格好をしていますが、性別は男です」

「そうか、セーラー服、とても似合ってるぞ!!」

「ですよね!!!!」


 愛さんがその格好を褒めると、両手でサムズアップを決めながらテンション高めに墓前先輩が答える。まあ、似合っているとは思う。だが本題はそこじゃない。


 コホン、と軽く咳払いをすると、墓前先輩はハッとした様に目を見開いた。そして私の方を見ると。


「で……伊勢美、改めて来てくれてありがとう。早速だが、最終チェック頼めるか?」

「はい。……これを着ればいいんですよね」


 私は、さっきまで先輩が見ていたゴスロリに視線を固定しつつ尋ねる。彼は大きく頷いた。

 すると愛さんが、後ろから覗き込んでくる。ゴスロリに興味津々な様子だ。


「これを、君が着るのか?」

「……はい、一応、ファッションショーに出ることに……」

「ほう!! それは素敵だな!! ……着れたら、記念に一枚……」

「当日前の情報漏洩の危険は駄目絶対!! なので、お断りします!!」


 そこで私と愛さんの間に割り込んだ墓前先輩が、胸の前で大きなバツを作りながら叫ぶ。なら仕方ないな、と愛さんは苦笑いを浮かべた。

 なら、見るだけで我慢する。と愛さんが言うと、まあそのくらいなら。と墓前先輩が許可を出した。いや、人のことを見世物にしないでほしい。


 じゃ、その人に着替え手伝ってもらって、終わったら声かけてくれ。と墓前先輩はとっとと出て行ってしまった。相変わらず、マイペースな人だな……というか私の周りには、マイペースな人しかいないのだった。

 ため息を吐きたい気持ちを抑え、私は着ていた制服を脱ぐ。その傍ら、愛さんを見ると……彼女は、こちらを真っ直ぐに見つめていた。なんで。


「……なんですか」

「いや、最近怪我をしたのだろうか、と思ってな」


 彼女はあっさりとした口調で答えた。そう言われ、自分の四肢に視線を落とす。……確かにそこには、最近の仕事で負った掠り傷だとか、打撲だとか……少し前に負って、今全快しつつある傷跡があったりする。随分とまあ、増えたものだ。

 人の前でこうして脱ぐことがないから当たり前ではあるのだが、そう指摘されるのは初めてだった。


「君は、泉の仕事を手伝っているのだろう?」

「……ええ、まあ」

「あまり、無理はするものではないぞ」


 そう言って彼女は微笑む。私は彼女と真っ直ぐに見つめ合っていられず、すぐに逸らしたが……彼女はまだ、私を見ている。視線が刺さっているので嫌でも分かった。

 それを跳ねのけるように、私はゴスロリを手に取る。着衣し始めても、彼女はまだ私を見ていて、いつも通りカメラでも見ていたらどうですか。と言ったが、着替えている人の間でカメラをいじるほど、私は配慮が欠けた人間ではないよ。と返された。やはり、出来た人間なのだな、と思う。


 袖を通し、愛さんに背中のファスナーを上げてもらって……着替えを終えることが出来た。

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