強い風当たり

「そこの君たち、おはよう!! 理事長から写真撮影を依頼された者なのだが、君たちを撮影してもいいか?」

『えっ!? あ、はいっ……って、あ、とうこちゃん!!』

「……あら、伊勢美さん。いつの間にカメラマンのアシスタントに?」

ひじり先輩に、瀬尾せお先輩。……まあ、少し、色々あって……」


 花壇近くにいたのは、3年生の先輩であるひじり偲歌さいか先輩と、その幼馴染であり風紀委員会委員長の、瀬尾せお風澄かすみ先輩だった。表情を輝かせた聖先輩に抱きしめられた私は、瀬尾先輩の質問に答えた。いや、答えていないが。

 その様子を見て、愛さんは軽快に笑った。


「はははっ、まさか灯子の知り合いとはな!! 仲が良いようで何よりだ!!」

「……否定は、しませんが……」


 聖先輩に頬を寄せられつつ、私は愛さんから目を逸らす。なんか、気恥ずかしくて。


「……で、写真撮るんですか」

「ああ、そうだった。……君たちは……えっと」

「こっちが園芸部部員で、私はあくまでお手伝いなので、園芸部とは関係ありません」


 愛さんの言葉の意図を察してか、瀬尾先輩が端的に答えた。なるほど、と愛さんは頷き……変わらず私に抱き着く聖先輩に、写真撮影の許可を求めていた。いーよ!! と聖先輩は軽い調子でそれを受け入れ、私から離れて花壇に駆け寄る。そして花が植えられた植木鉢を手に満足げに笑っていた。

 それを横目で見つつ取り残された私は、同じく取り残された瀬尾先輩に尋ねる。


「……風紀委員会のお仕事は、大丈夫なんですか?」

「ええ。もう少し時間が経ってくると、人が増えて……それに伴ってトラブルも増えますし、そうなると私が向かいますが……。今は朝ですから、そこまで派手な行動をする生徒は滅多にいません。だからこうしてゆったり、偲歌を手伝えているというわけです」

「……なるほど」


 納得して、私は頷く。でもやはり、イベントになると風紀委員というのは……大変なのだな……と思った。いつもと違う非日常に、普段は抑えている箍を外してしまう人は多い。もちろん、健全にイベントを楽しむだけなら何も問題はないのだが、それで他者に迷惑をかけてしまうとなると……。

 そうならないための抑止力なのだと思う。風紀委員会は。


「……お疲れ様です」

「……全くです。……一般来場者のことも考えると、本当に頭が痛い……。最近は、異能力者に対する風当たりがより一層強くなっているところもありますから……」


 そう言って瀬尾先輩は額を抑えた。どうやら私の予想に反し、違う心配もあるらしい。


「……そうなんですか?」


 異能力者に対する風当たりが強くなっている……というのは、私が知らないことだった。だから聞き返すと、瀬尾先輩に呆れたような表情で見つめられる。


「え、貴方、特別要請に応じているというのに、知らないんですか?」

「……すみません」


 確かに、対異能力者警察に期間限定でも属しているのに世間に疎いのは、良くない気がする。……思わず口から謝罪の言葉が飛び出てきた。


 まあいいですけど、と瀬尾先輩は表情を柔らかくすると、どういったことか説明してくれた。


「……元理事長の件ですよ。あの一件は、大々的に報道されています。……人々は、誰かの不幸話を喜ぶものですし、今でも異能力者に対しての差別は根強く残っています。異能力者は全員殺すべき、だとか、過激なことを言う人もいますしね。異能力者は危険な存在だ。異能力さには人の心がない……そんな間違った情報が、蔓延っています。

 ここ最近、異能力者によるテロとかも起きていますしね。ほら、貴方もこれは流石に知っているでしょう。9月中旬にあった、ショッピングモールで起きた……」

「……はい、知ってます」


 それを止めたのは私です、とは言わないが。


「そんな中、この文化祭です。一部、文化祭の開催を中止するよう、と求める市民の声もあったみたいですが……今の理事長と会長が、説得して回ったみたいですよ。ピリピリしている今だからこそ、生徒たちに息抜きが必要だと……そう言っていたようです」

「……そうなんですか」


 知らなかった。泉さんと言葉ことはちゃん。対異能力者特別警察、そして理事長業務、生徒会業務、と両立していきながら……文化祭実行に反対する市民の説得して回ったりもしていただなんて。

 ……本当、あの人たち、化け物だな……。


「なんとかこうして文化祭を開催することは出来そうですが……当日冷やかしに来たり、異能力者をよく思っていない人が乗り込んできたらどうしようかと……心配しているんです。まあ、考えすぎかもしれませんが」


 実力行使出来たら楽ですが、それは火上かじょう加油かゆですしね。と瀬尾先輩が肩をすくめる。確かにそんなことをして、やはり異能力者は危険だ、と更に言われたら、こちらの肩身が狭くなるばかりだ。


 そういうわけです。分かりましたか? と見上げられつつ問われたので、よく分かりました。ありがとうございます。と頷いておいた。今、そういう状況になっていたのか……知らなかった。私は、目の前のことをこなすのに必死だし……。

 ……また面倒なことにならなければいいけど。と、私は思わずため息を吐いた。


 そこで聖さんが、すぅちゃん~、と瀬尾先輩を呼ぶ声が響く。すぐに瀬尾先輩が駆け寄ると、どうやら聖先輩は取るポーズの案が尽きたらしく、カメラの前でたじたじになっていた。せっかくだから、君も写ったらどうだ? と愛さんが半ば無理矢理、瀬尾先輩を画角に収める。


 突然の提案に口では文句を言いつつも、促されるまま大人しく聖先輩の横に並ぶ瀬尾先輩に、思わず私も小さく笑ってしまうのだった。


 ──────────


【風澄の使っていた四字熟語紹介コーナー】(参照ページ→https://yoji.jitenon.jp/)


火上かじょう加油かゆ

 悪い状況をさらに悪化させること。火に油を注ぐということから。

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