泉の職場へ

 それじゃあ早速、と泉さんの職場に向かうことになった。泉さんが呼んだというタクシーに乗り、そこで私はふと思う。そういえば結局、泉さんがどういう仕事なのか聞いていない。


 正直興味もなかったし、断る前提だったから、聞くのを忘れていた。でも手伝うことになってしまったし、流石に聞いておく必要がある。あの、と口を開こうとしたところで、車が停止した。


「今回も上の方にツケといてください~。……はい、2人とも、とっとと降りる」


 泉さんに促され、私たちはタクシーから降りる。すると扉を閉めると同時、タクシーはエンジンを吹かせて急発進し始めた。あぶな……。その様子に、早く立ち去りたい、みたいな感じがしたけど……。


「カンジ悪」


 タクシーの走り去った方向に、言葉ちゃんも舌打ちをしている。だがいつまでも構っているほど暇じゃない、とでも言わんばかりに、言葉ちゃんは踵を返した。


 私も背後を見やる。するとそこにそびえたつのは……5階くらいの廃ビルだ。壁の塗装も剥がれ、窓は割れており、人の気配は皆無である。ふわりと漂ってくるのは……潮の香り。海が近いらしい。

 ……こんな所に、泉さんの職場が……?


「小鳥遊、伊勢美、行くぞ~」


 すると泉さんは笑って手を振って……やはり、目の前にある廃ビルに入っていった。まあ、ここの目の前に停車したくらいだから、ここが目的地なんだろうな、と思っていたけれど。

 恐る恐る、泉さんに続いて足を踏み入れると……中もやはり、ボロボロだった。瓦礫が落ちているし、割れた窓の破片が散らばっていて危ない。靴を履いているからいいものの……。


 泉さんは迷いなく奥へ奥へと進んでいく。するとその先にあったのは……1台のエレベーターだった。

 横には上へ行くことを表す「▲」が。そこを押すと、チーンと音が響く。ゆっくりと扉が開き、中に空間が現れた。

 泉さんが乗るのを見て、私たちは思わず顔を見合わせる。


「どうした? 置いてくぞー」


 泉さんにそう言われ、私たちは足を踏み入れた。……。


「……落ちません?」

「落ちるよ」

「「え」」


 私の質問に、泉さんは端的に答えた。私たちの戸惑いの声が重なる。

 落ちる、って……。


 階数のボタンは5つある。1階から5階まで。そして開くボタン、閉まるボタンだ。……地下はないみたいだけど……。


 すると泉さんは、その階数のボタンを……素早く様々な順番で押し始めた。それはまるで、スマホのロック画面を解除する時のような……他の人から見たら、出鱈目に押しているようにしか見えない……。

 最後に泉さんは、開くボタンを押す。……それと同時、ガタンッ!! とエレベーターが大きく揺れた。ひゃっ、と言葉ちゃんが体を震わせ、私に抱き着いて来る。


「べっ、べべべっ、別にっ、怖くないよ!?」

「何も言ってません……」


 どうやら怖かったらしい。


 怖がる言葉ちゃんをよそに、エレベーターの上部にあるスピーカーから、何やら音声が流れだした。


『──暗証番号──合致。虹彩認証──クリア。生命反応──確認。その他、異常なし。オールクリア。通路を開きます』

「おー、よろしく」


 機械音声に、泉さんは気さくに答える。どうやら今ので、セキュリティが解除できたのは分かったが……。

 ……こんな辺鄙なところに、そんな高度なシステムが……?


 考える私に構わず、私に抱き着く言葉ちゃんの腕の力は強くなり、エレベーターは動き出す。言葉ちゃん、力が強いので、かなり痛い。


 すると泉さんの言う通り、エレベーターは……下に動いた。別にジェットコースターに乗った時のような浮遊感はないが、上にしか行かないと思っていたエレベーターが下に行ったら、普通に怖い。予告されていたとしても、だ。


「いっ、泉先輩~!? ほんとにこんなとこに職場あんの!?」

「なかったら連れてこないって」


 涙目で文句を言う言葉ちゃんに、泉さんは笑いながら答える。慣れたあしらい方だ。

 やがてエレベーターは停止する。……それなりに降りたと思うのだが……どれだけ下に来たのだろうか。


「はい、乗り換え」

「そんな電車みたいに……」


 扉の開いた先、そこには……もう1つのエレベーターがあった。これは古びていない。というか、間違いなく最新機器であり、新品だ。扉、天井、床以外の横三面は何故かガラスになっていて、正面先には光が見えた。……ん? 正面?


 再び泉さんは、備え付けられたボタンを素早く押していく。今度は何も数字の書いていない、10つのボタンだった。


『──暗証番号──合致。虹彩認証──クリア。生命反応──確認。その他、異常なし。オールクリア。起動します』


 するとまた、エレベーターは動き出した。……横に。


 まさか横に行くとは思わず、目を見開いてしまう。いや、正面に光が見える時点でなんとなく予想していたが……。

 先程のエレベーターとは違い、これは無音で進んでいった。……そして、前方から押し寄せる光をくぐると……。

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