ようこそ、日の目を見ない水の底へ

「……わぁっ、すごい!!」


 怖がっていたはずの言葉ちゃんが、私から離れる。そしてガラスに手を付き、目を輝かせていた。


 ……何故なら、三面のガラスから見えたのは……真っ青な海だったから。


 とても澄んだ海である。ゴミなど微塵も見当たらないし、魚たちは悠々と泳いでいる。……天然の水族館と言うべきか。海の中に放り込まれたようだった。


「はは、喜んでもらえたようで良かった。俺の職場って、。せっかくだから、この移動装置も、職場自体も、海が見えるような構造にしたんだよ」


 泉さんは笑ってそう告げる。……いや、今、すごいことをサラッと言ったような……。海の中に、職場がある?


 それをツッコむ暇もなく、行く先に何やら要塞のようなものが見える。私たちの乗るエレベーター……いや、移動装置は、その中に入っていった。

 扉が開き、中に足を踏み入れる。薄暗い廊下、電飾はあるが、微々たるものだ。……等間隔に設置された窓から見える海水が、光をもたらしてくれているから、そこまで多くはいらないのだろう。


「もうすぐだよ、付いておいで」


 確かにここまで長かったが、もうすぐ辿り着くらしい。私たちは先を歩く泉さんの後を追う。



 やがて辿り着いたのは、1つの部屋だった。なんだか肌寒く、思わず腕を摩ってしまう。隣の言葉ちゃんは室温など気にする様子もなく、興味深そうに部屋全体を見回していた。まあこの人、比較的厚着だもんな……。


 泉さんは目の前にある机の、仰々しい椅子に、迷いなく座る。……その佇まいは、恐ろしいほどこの部屋の雰囲気にフィットしていた。

 彼の背後には、大きな水槽──いや、あれもガラス窓か──がある。その中で、1匹の大きな鯨が泳いでいた。


「……さて、2人とも。はるばるここまでお疲れ様。ここは秘密の要塞。決して日の目を見ることはない……そんな場所だ。だからこそ、警備が厳重でね。何重もの面倒な認証を経なければいけないんだ」


 やれやれ、といった調子で泉さんは軽く手を振り……そして、美しい笑みを携えて、告げた。


「──ようこそ、日の目を見ない水の底へ」


 思わず息を呑む。何となく悟る。……戻れないところまで来た、と。

 だからこそ私は、息を吸って口を開いた。


「……あの、私、泉さんの仕事が何か……知らないんですけど……」


 おおずおずとそう告げると、その場の空気が固まった。


 目の前にいる泉さんはキョトンとし、言葉ちゃんに視線を送る。隣を見ると、言葉ちゃんは私を見ていた。


「小鳥遊……言ってなかったのか?」

「え、言ってなかった……っけ。え、いや、でも、泉先輩だって言ってないんじゃん!!」

「それは小鳥遊が言ってると思ってたから!! ……えー、マズいな……こんなところまで連れてきちまったよ……ていうか伊勢美、そんな状態なのによく条件を飲んだな……」

「……そんなにヤバい仕事なんですか」


 今の私は間違いなく、嫌そうな表情を浮かべていることだろう。流石に法に触れるような仕事は困るのだが……。


「法には触れないよ。いや、……逮捕されるようなこともしな……いや、ある意味するけど……」

「……どっちですか……」


 すると私の思考を読んだみたいに、彼はそう告げた。だが、なんともきまりの悪い言い方だ。法に触れることもあるし、逮捕されるようなこともする。……ある意味。それって、どんな仕事だ?


 んんっ、と泉さんは仕切り直すように咳払いをする。……いや、冷や汗が出ているから、全く仕切り直せていないが……。彼は冷や汗を振り払うと、改めて真顔になった。


「……悪いな、伊勢美。今から俺の仕事を伝える。だがそのうえでお前が協力したくないと言っても……ここまで来てしまった以上、お前に拒否権はない。無理矢理逃げようものなら……俺はお前を、抹消しなければいけなくなるから」

「……はぁ」


 言葉ちゃんといい、元理事長といい、泉さんといい、私はよく抹消対象になるな……。

 特に焦っていない私に、泉さんはどこかホッとしたようにしてから……口を開いた。



「俺、青柳泉は……対異能力者特別警察。その中でも俺の所属は、特別部隊……主に、普通の対異能力者特別警察の手にも負えない、危険で過酷な事件を請け負う。……俺はそんな特別部隊……通称『湖畔隊』のリーダーだ」



 対異能力者特別警察。


 一度、その話を聞いた記憶がある。それは、そう……異能妨害室で。そこで対異能力者特別警察について詳しくは聞いていないが……。

 ……確か、異能犯罪者と彼らによる事件を専門にした、警察。


 そして目の前にいる彼が、そうである。


「……どうせ拒否権はないから、改めて意思の確認はしない。こちらの落ち度ではあるけど、無益な血は流したくないからね」


 ふぅ、と泉さんは小さくため息を吐き……そして、立ち上がる。


「──明け星学園の生徒、小鳥遊言葉及び、伊勢美灯子に命じる」


 そして、湖のように澄んだ、静かな、そんな瞳で。





「俺たち『湖畔隊』に協力し、最重要任務の解決に尽力せよ」





【第17話 終】

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